2010年2月25日 (木)
2010年2月18日 (木)
2010年2月 5日 (金)
マンモス動物群と渡来ルート
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石器時代の「食料としての馬」の調査結果が、1982年発表された。
上の「マンモスステップの動物群比」と、並べてみると面白い。
馬やバイソンは、トナカイよりも多く生息していたのだ。
また、アジアの西の端、ヨーロッパの玄関であるウクライナ(黒海の北)では、
トナカイと同じくらい馬も食べられているのが判る。
それに対して、東方の冷涼ステップの中心であったマリタ遺跡(バイカル湖のほとり)の分析では、
トナカイが大部分を占め、馬はほとんどといって良いほど食べられていない。
またこの地方の馬は小柄すぎて、肉としての歩留まりが悪い上、
トナカイほどの、巨大な群れも形成していなかった。
そして大変敏捷で賢いために、捕獲するのは容易ではなかったと思われる。
また、何か祭祀的な禁忌のようなものが、あったのであろうか・・・
このマリタ遺跡からは、氷河期の終わり頃、
多数の集団(バイカル湖人とも呼ばれ、当時の本州の人数の約4倍という試算がある)が、
何回にもわたって大波のように押しよせ、
その人々が我々の祖先(特に東日本人)の基底をなしていく。
よって日本で馬が食料とはされないのも、不思議な話とは思えない。
また特に、トップの右図、赤で書いた文章・・・日本の土壌の特質・・・に注目頂きたい。
次の図はマリタ遺跡の位置である。
人々と共に細石刃石器群が東日本に伝わり、猛烈なスピードで広がったのは、
1万3千年前頃のことである。
2010年2月 4日 (木)
氷河期の日本列島・第四期洪積世後期
下図の薄い茶色の部分は、もちろん冷涼ステップと同じような草原でした。
当時の埴生の状態は、福井県水月湖、秋田県目潟の水底堆積物の研究により明らかになっています。
現代から、さかのぼって10万年分の花粉、プランクトン、火山灰etc.・・・が、
年ごとに縞になっていて、1年ごとに数えることが出来ます。
これを「年縞・ねんこう」と呼び、
その精密度は放射性炭素年代よりも、はるかに正確であることが、世界に先駆けて証明されました。
この分析により、降水量、水位の変動、地震、洪水、風向き、水質、はては、ダストの成分分析から、
中国大陸の古気候に至るまでが明らかになったのです。
もっと詳しくは、安田善憲氏のいろいろな著書を参照下さい。
ちょっと高価ですが、「稲作漁労文明」 (雄山閣)が、私のお勧めです。




