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2010年2月 5日 (金)

マンモス動物群と渡来ルート

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石器時代の「食料としての馬」の調査結果が、1982年発表された。

上の「マンモスステップの動物群比」と、並べてみると面白い。

馬やバイソンは、トナカイよりも多く生息していたのだ。

また、アジアの西の端、ヨーロッパの玄関であるウクライナ(黒海の北)では、

トナカイと同じくらい馬も食べられているのが判る。


それに対して、東方の冷涼ステップの中心であったマリタ遺跡(バイカル湖のほとり)の分析では、

トナカイが大部分を占め、馬はほとんどといって良いほど食べられていない。

またこの地方の馬は小柄すぎて、肉としての歩留まりが悪い上、

トナカイほどの、巨大な群れも形成していなかった。

そして大変敏捷で賢いために、捕獲するのは容易ではなかったと思われる。

また、何か祭祀的な禁忌のようなものが、あったのであろうか・・・


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このマリタ遺跡からは、氷河期の終わり頃、

多数の集団(バイカル湖人とも呼ばれ、当時の本州の人数の約4倍という試算がある)が、

何回にもわたって大波のように押しよせ、

その人々が我々の祖先(特に東日本人)の基底をなしていく。

よって日本で馬が食料とはされないのも、不思議な話とは思えない。

また特に、トップの右図、赤で書いた文章・・・日本の土壌の特質・・・に注目頂きたい。


次の図はマリタ遺跡の位置である。

人々と共に細石刃石器群が東日本に伝わり、猛烈なスピードで広がったのは、

1万3千年前頃のことである。

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10:52 午後 参考画像 |

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