ヲシテ?・・・なあに?(古文書ヲシテ文献)改訂版
漢字が導入される以前・・・はるか縄文時代から、
いえ、おそらくはもっと古くから・・・日本には固有の文字があったのです。
それをヲシテと呼び、48文字からなる誰でも覚えやすい字でした。
文字は母音と、子音からなり、それ自体が独特の深い哲学を表していました。
その字で書かれた文書のことを、ヲシテ文献と読んでいます。
研究が進むにつれ、驚くべきことが分かってきました。発見された「ホツマツタヱ」
「ミカサフミ」「フトマニ」という文書は、西暦130年頃には書かれたと思われ、
我が国の最古の歴史書と言われる「古事記」「日本書紀」の原本、
つまりネタ本だったのです!
平成4年に「ホツマツタヱ」最古の写本を発見された松本 善之助先生と、
池田 満先生によって、一字一句、あるいは点にいたるまでの三書の比較と、
それまでに見つかった様々な写本による校異が、厳密に比べられ検討されました。
その結果、これらの文献が紛れもない日本最古の歴史書、
あるいは哲学・宇宙観を表している貴重な文書であることが証明されたのです!
あの(神話だから?)ツジツマの合わない・・・私に言わせれば訳の分からん・・・
「古事記」に比べて、
ヲシテ文献は、古代文とはいえ取っつきやすく、
ヤマトコトバも慣れてくると、かなり意味が分かってくるのが楽しいのです。
日本書紀、古事記など、原文じゃ私は読めないっ!(キッパシ!)
あの漢字の羅列を見ていると、まーず読もうという気力が無くなってくるのは、
私だけか知らん・・・?
全く漢文としか思えんもんねぇ・・・ (^^;)
でもヲシテ文献は原文とは言え、読みやすい。
(比べればですヨ)
ただ眺めているだけでも力強いエネルギーを感じます。
第一内容もすべて理が通っていて、いい加減なところが無いんです。
「あ・・・本当はそう言うことだったのかあ」
と、勉強するほどに納得が行くのですね。
それは理が通る筋が通るというよりも、本来持っていた感覚が
静かに目覚めていく感じです。
他の国の人たちとは明らかに違う日本独自の感性というのかな。
私はまだ初心者で、勉強を始めてから1年にもならないんですけど、
それが、よく分かります。
また近ごろは嬉しいことに、いろいろな出来事に対して、
こうなんだ、自分はこう思うとハッキリ言うことが出来るようになった気がします。
「よって立つもの」
つまり、日本人としてのアイデンティティー「誇り」を取り戻したみたいです。
あの「靖国神社」問題も、古来からお米を大事にしていることも、
いわゆる日本人の性格のアイマイさと言われるようなことでも、
「それはねぇ・・・」と、私なりの答えが見つかっていくのが嬉しいです。
アイデンティティー。
よって立つもの。
日本人としての自信を取り戻すことが出来たような気がしています。
文章そのものは、シンプルで直截なのに格調高く、極めて明晰です。
池田先生は著書の中で「古格がある、品格がある」と書いておられたような。
うむ、うむ。
はい。これがヲシテで書かれた文献の一つ「ホツマツタヱ」の原文の一節です。
「定本・ホツマツタヱ」から転載させて頂きました。
その内にお話したいと思っていますが、この文はあの鹿島神宮に祀られている
カシマカミ(タケミカヅチ)さんが、どういう方だったか書いてあるのです。
↑ ここ、クリックすると系図が見えます。
その頃起こった前代未聞の内乱や、いわゆる「天孫降臨・出雲国譲り」と後世にはヨサゲに伝わった(実は)騒動を鎮めるために働かれたんですね。
このことから「カシマダチ」という言葉が生まれたのですが、
古事記や日本書紀ではカットされているんですよっ!・・・ゆるせん。
まあ・・・当時の政治的配慮が働いて、生きてた方がみな神話の中の架空の人物として
書き換えられた事情はありましたが・・・
![]()
「ノリユミ」は騎乗して弓を持って戦うことです。
「イサオシ」は言うまでもなく、功績のことですよね。
「モノノベ」は、兵士たちのことを指し、云わば役職名です。
後世の物部氏も、この名前からの流れです。
「ヲバシリ」はお名前(褒め名)で、おそらく別名を「フツヌシ」といわれる
「カトリカミ」です。
ね?・・・香取神宮はこの方の住まわれていたところなんです!
で、カシマカミのお父さん。
また別の褒め名として、この父ギミ、カトリさんは「ヰヅ」を賜ったとありますが、
このように一人の方が複数のお名を持った事実を、記紀ではスッポリとカットしていますので、後世になって訳が分からなくなったのです!(怒)
「ヰヅヲバシリ」
漢字では稜威雄走神、伊都之尾羽張神。・・・なんかすごい。
・・・でも変な当て字。
あと経津主神(フツヌシ)、みぃーーんな「カトリカミ」のことなんですよね。
付け加えるならば香取神という漢字は、当て字といえどもマアマア・・・かな。
古名「カグヤマ(香久山)」、現代での富士山のある東海から関東一帯を、
トって、守り治めることを命じられた由縁があるのです。
も少し言えば、御子のカシマカミには鹿島という漢字をあてたのが大間違い。
カは右、シマ(リ)は大臣のことで、その右大臣を罷免させる(タチ・絶つのね?)ため
の軍を率いた功績を讚えて、カシマダチのカミにおなりになったのですから。
これが、今でも言う「カシマダチ」・・・軍を率いて出陣することなのです。
この方は、その優れた武のワザ(特にツルギ)に「カナテ」という褒め名を賜り、
以来武術のカミと称えられるようになりました。
ことほど左様に、大事なポイントは原文の言葉の音に、
安易に漢字を当てはめないことかな。
意味が全く違ってくるんです。
不幸なことに最古の写本でさえも、その時代を反映してか漢文体の訳が
書いてありますので、現代の研究者でも惑わされてしまった方が多いのです。
この漢字だって元は当て字なんですけどね・・・漢字の呪縛とでもいいましょうか。
明治時代の写本、小笠原長武本だけがカタカナのルビ付きのようです。
でも、うっかり筆写しそこなった、抜け文章があるみたい。
でも、こういうことも、起こって当然かもしれません。
漢字が伝わり(政治的な思惑も働いて)全てが漢字・漢文体になってしまってから、
もう千数百年も経っているんですから。
正式な文書は明治の始めまで漢文体なのですね。
でもヤマトコトバの本来の意味を知らなくて、
日本古来の心や考え方も分かるはずがないのです。
それには漢字のイメージを持たずに原文を読むことが何より大事となります。
どうぞヲシテを覚えて、
少しずつでも読んでみてください。
字形の美しさと力強さを、
読み上げる調べの快さを、
そのエネルギーを味わってみてください。
日本独自の感覚が目覚めてくるような気がします。
幸いにも、松本先生亡き後、唯一の後継者として研究を続けられている
池田満先生が、「ホツマ辞典」や、さまざまな解説書を書かれていますし、
毎月研究会を開かれてヲシテ文献の講義をなさっているそうです。
私は地理的に離れているために、直接のご指導は受けられないのですが・・・(残念)
上記の「ミカサフミ」「フトマニ」と定本・ホツマツタヱ(古事記・日本書紀三書比較)
の原書を勉強することによって、少しずつ勉強しています。
それが、あんまり面白いので、素直に折々の分かったことや感想を、書いていこうと思っています。
※ 神武天皇までのアマカミ「皇統略図」は こちら
カトリカミ、カシマカミの別のエピソードはこちら
(旧版 05/10/20)
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コメント
ノリユミノ~~から始まる古代文字・・・前に観た文字よりスキッとしてより、縄文を観じる事ができます。どなたがお書きになったかわかりませんが、より故里に近づいた感覚です。
ありがとうございます。
投稿: せいりゅう | 2005年10月21日 (金) 13時17分
りゅーちゃん☆
はい。
このヲシテを筆写した人は、
江戸中期の方で「井保勇之進」さんです。
ですからたぶん・・・彼の字だと思うのですが。
でなかったら、松本先生か池田先生の字(フォント)かもしれません。
池田先生はフォントの研究もなさっていて、
そのうちヲシテ・フォントを作ってくださると思います・・・楽しみ☆
「井保勇之進」さんは、
別名が「三輪容聰」または「和仁估安聰」さんといいます。
雅号でしょうか?
・・・今で言うペンネームみたいなものなのかもね。
この方はなんと「ホツマツタヱ」前半をを実際にまとめ書いた、
「クシミカタマ」さんの、78代目子孫だというのです。
クシミカタマさんは神武天皇の時代の方です。
ちなみに、ホツマ後半はやはり彼の子孫の「オオタタネコ」さんが編集し、
西暦130年頃に12代スヘラギ・ヲシロワケ(景行天皇)さんに捧げています。
長い年月禁書とされてきた家伝の尊い文書を、絶えることの無いように、
子孫の方々は、代々筆写して残してこられたのですね・・・
やはり、そういう真摯なお心、エネルギーが入っているのですね☆
投稿: びーちぇ | 2005年10月21日 (金) 15時49分
漢民族による思想侵略は今に始まった
ことではなかったのですね。
明治時代の文部大臣、森有礼が
「日本語を禁止して、英語を教育しろ」
と言ったことがあるそうです。
別に森大臣を非国民というつもりはあり
ません。日本人というのは、外から入ってくる
ものに対して、好奇心や功利的側面を
重視しすぎなのです。
だから、感情的に「外国のものなど嫌だ」というと
昨今では差別主義者にされてしまいます。
その土地でずっと続いてきたものや、
その土地で生まれたものには、一種の
合理性があるのに、外国から来たものの
目新しさに心を奪われて、すぐに固有の
文化を捨てようとする。
韓流ブームや、グローバルスタンダードなど、
最近になってもその「被害例」は多いです。
それがこんな昔からあったこととは・・・。
投稿: ろろ | 2005年11月23日 (水) 13時48分
>ろろさま
本当にそう思います。
私も、ヲシテ文献にたどり着いて一年経っていないのですが、
日に日に得るもの・・・といいますか、
心の奥底に秘められていた感覚がよみがえってくるようです。
日本の場合は、その明解な合理性と自然性が素晴らしいのです☆
また、いらして下さいませ。
このように、感想を戴けますと励みになります。
今後ともよろしくお願いいたします。
投稿: びーちぇ | 2005年11月29日 (火) 14時01分
びーちぇさま
びーちぇ様の『ヲシテのクニ』を参考にエントリにしましたのでTBをさせていただきました。
もしkitsのエントリで誤りがありましたらお手数ですがご指摘願えませんか?
どうぞよろしくお願いいたします。
投稿: kits | 2005年12月 1日 (木) 17時35分
ヲシテは、その人の想いや体験により、また表現によって少しづつニュアンスが違うこともあるのですが、私はそれは大事だと思っています。
あくまで、ヲシテを直接読み、自分で感じ取ることが、まずは大事ではないでしょうか。
またご紹介した私のつたなさで、伝わりにくいこともあろうかと・・・ (^o^;)
ただ、私が感じたのは、タマもシヰも物質だと古代の人たちが感得していたことです。
そこが、大陸とは違うと。
全てのモノは量子力学でいう素粒子からなり、
観察する瞬間は粒子であり、また波の性質も持っているという、
そのことが、独特の書き方ですが、縄文の文書に書き記してあるのですよね・・・驚異です☆
・・・というのは私の感想。
というわけで、そういう観点から、
kitsさまのまとめて下さったことを見れば、すべて合っているのですが、
少し遠慮して書かれたのかなぁ・・・
カミは宇宙原理、私達の祖、いちばん始めの元。
と、きっぱりとおっしゃって良いのですよお☆
宇宙からのエネルギー(素粒子)と地球からのエネルギー(素粒子)と、両親から伝わるヒトからのエネルギー(素粒子→遺伝子)が結ばれて、ヒトのタマシヰ(命)が形成される。
そして、そこから全ての身体的なものが作られて行く・・・
まあ、科学的な言葉で書けば(あんまり面白くは無いけど)このようになります。
・・・と、私は読み取っています☆
投稿: びーちぇ | 2005年12月 1日 (木) 20時30分
ブログ全体が分かりやすい文章で
むかしむかしの日本がかいまみられ、楽しいです。
こころの中の何か足りない物が埋まっていくようです…。
(「ヲシテ?・・・なあに?」と「ふしぎな文字」はカテゴリーを
1つずつに独立すると、辿りやすいかなとも思います。
初めて読むと必ず浮かぶ疑問だと思うので。
↑すっかり資料扱い?スミマセン)
投稿: みかん | 2005年12月15日 (木) 18時32分
>みかんさま
レスが遅くなり、申し訳ございません。
読んで頂き、また感想をありがとうございました。
ご意見を頂くと、励みになり、また次のエントリーが生まれるきっかけにもなるのです。
カテゴリーについては、考えてみますね?
私も書いているうちに文章が生まれてくるタイプなので・・・あっちにも入るし、こっちにも・・・なんて、
迷ってしまうんですよ。
もしかして、整理整頓がヘタなのかも知れません。
例えば・・・というアイディアを、メールででも送って頂けたら嬉しいです。
今後ともよろしくお願い致します。(^o^)
投稿: びーちぇ | 2005年12月19日 (月) 11時48分
冠頭衣。
古代の衣類はどうだったのでしょう?
この前、那須野が原博物館へ行って明治以降の那須野が原の開拓に携わった農家の復元模型図を見てきましたが。あーこれじゃー寒い冬は越せないだろう!?と、いう第一印象でした。
板壁と柴で周りを囲い、地面から離れた床があって、、、。そうですね、最初に開拓に入った人々の一般的な家の作りだということでしたが。
ここで生まれ育った私からみれば、冬を越すのは絶対に不可能な作りでした。これならこの周辺で見つかっている縄文時代の竪穴式住居のほうがはるかに合理的な建築でしたよ!
ところで、《冠頭衣》。これでは寒い冬は越せません。いつだったか『三国志』の対談本だったかな?そこで作家の陳舜臣だったと思うが、このような東アジアの大争乱の時代、、、日本では冠頭衣を着てやっと稲作とかが始まってきた時代であった!とかのたまわっていましたが。。。
ファッションも重大な文化の一部でしてね。ほら、よく言うじゃない?衣食住と!食べることが最大、最重要な問題であるとしても衣も、、、。
大日本帝国陸海軍の兵士の軍服も!あれじゃ世界に進出は不可能!
投稿: チャマ | 2006年1月11日 (水) 19時05分
貫頭衣の誤りでした。冠頭衣は。
コメントを書き込んでから,寝ている間に????と思い直してもしかすると間違い?
今朝になって検索してみると,やっぱり冠頭衣→貫頭衣。
どうも済みません。
投稿: チャマ | 2006年1月12日 (木) 07時16分
へのへの419さんより、びーちぇさんのサイトご紹介頂き、たどりつきました。
古事記以前の文献の存在を初めて知り勉強になりました。
ありがとうございました。
投稿: 和と武 | 2006年2月14日 (火) 12時56分
何度読んでも面白いです。
素晴しいいにしえの様子が浮かんできます。
輝いていて、気を引き締めてくれます。
変な質問ばかりでごめんなさい。
五音と五行って関係あるのでしょうか?
投稿: ☆みっちゃん☆☆ | 2006年3月 8日 (水) 11時32分
>☆みっちゃん☆☆さま
我が国の五音と、中国からの五行説は関係はありません。
五行説の成立は時代もずっと後(何千年も!)ですし、異質な思想なのです。
詳しくは、次のエントリ『ふしぎな文字』と
『水田を造った7代アマカミ「イサナギ」その2』に書いてありますので、読んでねっ!
どんなことでも、コメントに書いて下さると嬉しいので、遠慮しないで下さいませ。
投稿: びーちぇ | 2006年3月 8日 (水) 11時57分
すてきなブログをありがとうございます。
皇統略図を見て知りたいことがありますので、メールしました。
地球最初の人類がアメノミナカヌシ様なのかということです。これは文献からの解釈でしょうか?何か参考になることがありましたら教えて下さいますようお願い申し上げます。 三重県 佐藤
投稿: 佐藤 | 2008年1月27日 (日) 09時17分
>佐藤さま
まず、お返事が遅くなりましたことお詫び申し上げます。m(_ _)m
身辺雑事がこのところ多くなり、
PCの前に座ることがなかなか出来ずにおりました・・・
さて、ご質問の「(アメノ)ミナカヌシ・アメナカヌシ」さまは、
文献中に地球最初の人類として記されております。
何例もあるのですが、以下はそのひとつです。
(ホツマツタヱ 14−11)より
ヲセノムナモト
ヒトマロメ ヰモノミナモト
ツキトコリ
ウツホカゼホト
ミヅハニノ ヰツマシワリテ
ヒトゝナル アメナカヌシノ
カミハコレ
ヤモヨロクニゝ
ヨロコウミ ミナクハリオク
ヒトノハツ
上記は太陽や月の地球(現世)への影響を述べた後、
ヒトのハツについて記しています。
天地開闢の記述はミカサフミをふくめて、7個所ありますが、
地球誕生のくだりも本当に科学的で面白いですよ☆
このブログの
「タカマノハラと物理学 その2」に、
佐藤さまのお知りになりたいようなことを書いておりますので、
お読み頂ければ嬉しいです。
投稿: びーちぇ | 2008年2月10日 (日) 10時36分
びーちぇ様
丁寧なご返答を頂きまして、ありがとうございました。「タカマノハラと物理学 その2」を読ませていただきました。
そのブログを一緒に読ませていただいた仲間と二人で、ホツマツタエとインドの聖典のヴェーダには、宇宙や人類の誕生について同じ様な解説がされていること、また、ホツマツタエとヴェーダがほぼ同じ時代に書かれたということに、驚きと感動をおぼえました。
(余談ですが、その仲間は、宇宙や人類の誕生についてはホツマツタエを研究されている方にも、ヴェーダも参考にして頂ければ、さらに研究が進むのではと申しておりました・・・。)
ミナカヌシについても、その仲間の助けもあり、長年の疑問が晴れ、とても気分がすっきりしました。ありがとうございました。
話は変わりますが、ホツマツタエを基にした古代の日本の歴史を、絵本やマンガなどで多くの子供達にも知ってもらうことができたらいいなあと思い、いつの日か実現されることを夢見ております。
投稿: 佐藤 | 2008年2月18日 (月) 20時29分