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2009年8月14日 (金)

稲を発見した「ウケモチ」ウケノミタマ 改訂版

yamamayu

                           (ヤママユ)

カクツチと ハニヤスがうむ 
ワカムスヒ クヒはコクワに   
ホソはソロ これウケミタマ
       ホツマツタヱ5−11,12


ホツマツタヱに出てくる自然神のようなカミのほとんどは、
死後カミと祀られた人なのですが、
このワカムスヒこと「ウケミタマ」もその1人です。
カクツチは火のカミ。
ハニヤスは、前にご紹介した土のカミ。

つまり、太陽のエネルギーを受け、
土から生じたワカムスビの首からは、
コ クワ(蚕と桑)が生じ、
ワカムスビのホソ(お臍)からはソロ(は田の稲、は畑の穀・菜)が生じた。
このカミをウケミタマと呼ぶ・・・そういうくだりです。

讚え歌の表現をとっているのですが、
ワカムスビさんが手がけられたお仕事、
この国の経済の根幹をなす農の基(もとい)を、
クニトコタチさまのみ後を継いで、
据えとげられたことを讚え歌っています。


ワカムスビことウケミタマさんは、
私達が言う「大地の申し子」だったのでしょうね?
土が好きで好きで、どうやったらもっと良い作物を育てられるかって、
高貴なお生まれだけど、そればっかりに集中なさっていたお方。

私が自然農法に取り組むきっかけになった、
師匠をどこか彷彿とさせるものがあります。


 


当時、師匠は80歳を過ぎておられました。

化学肥料を使わない稲作レンゲ農法を研究なされ、また里芋名人といわれ、
師匠の里芋は1株で15キロ以上もあったんです!
その道では、知る人ぞ知る全国的にも有名な方。

・・・偉そうじゃない根っからの、お百姓のお爺さんでしたが、
人生哲学の深いこと、暖かいこと、大きいこと。
人としての品性の高貴な、素晴らしいお方でした。

初めて相棒とうかがった頃、二人とも都会の競争社会で頑張っていたものの、
精神的に空虚なものを抱えていました。

師匠は快く迎えて下さり、裏庭につれて行かれ、
じゃがいも畑の土に素手で触れた瞬間・・・何かが起こったのです!

「手が喜んでるっ!」

指から、手のひらから、肌を通じて。
大地のエネルギーだったのでしょうか?
その時はそういうことも知らず、ただ、ただ気持ち良かった。
あまりに気持ち良く幸せな気分なので、いつまでもそうしていたかったのです。

ニコニコして、師匠が言われました。

「その土はね・・・生きているんだよ」

「ほとんどの畑の土は、いま死んでいる。農薬や、化学肥料でね。
 でもね、
 その土でも、生き返らせることができるんだよ。
 毎日、土が欲しがるものを持ってきてやれば良いんだ。
 欲しいものを、土に聞いてね。」

畑でもぎって頂いたトマトの美味しかったこと!
キュウリの甘かったこと!

師匠の手は大きくて、暖かく、がっしりしていました。
始めに習ったのは、土の想いを素手で感じること・・・
時には土を舐めてみることもありました。
生きている土は清浄で、かすかに甘いのです。
そして、パンパンと手を払うと、土はさらりと落ちて手が奇麗になるんです。
洗う必要がないくらいでした。

そのうちに、土の生きている畑や田んぼは一目で分かるようになりました。
なんというか、光っているの。
生命の輝きなんでしょうね?

「師匠、このキュウリは水をやりますか?」
「キュウリに聞きなさい」

「里芋にはいつ肥料をやった方が良いでしょう」
「土に聞きなさい」

楽しくて、楽しくて・・・そのうちに、
二人で大望を抱くようになってしまったのでした。

日本の土を少しでも生き返らせたい。

私達のそれからの人生は、そこで決ってしまったようなものです☆

師匠、清水幸次郎。

今、95歳となられ、埼玉でお元気に暮されています。

はじめてこの国を建てられた「クニトコタチ」の孫に当たる、
ウケモチ(ウケノミタマとも呼ばれる)も、
お会いしたら、こんな感じの方だったかもね。       系図


tanohana


今となってはあまり知られてはいないけれど、
ウケモチ(ウケノミタマ)こそ、日本にとっては国の経済の基本ともなった、
偉大な事業を成し遂げられ、崇められた方なのです。
それは種籾の発見と栽培法です。


むかしナカクニ        
ウケモチの カミがウケナお
アにこえは ヒヨウフたねお
アにくたす ヒウフにはゆる  
うるのソは ウルタのソナヱ 
よるナミに はゆるナロナは
ハタのタネ 
          ホツマツタヱ15ー20より        


ナカクニは今の琵琶湖を中心とした地域で、アマカミのミヤがあり、
首都でもあったわけですね。

建国当時は栗などの木の実の大規模な栽培が始まって、
飢えることは少なくなってきたのですが、
稲作により安定した食料供給ができるようになったのは、画期的なことでした。

なにしろ田畑の産物、特に穀類(ソロ)は一年以上も保存が出きるのですから!
その感激を込めた文だなあとつくづく思います。

ウケモチさんはいつも、(良い)(食べもの)(菜)を探し求め、
あらゆる草木の種などを採取しては研究、改良されていました。
その熱心な一途なこころを「アニ コエハ」と表現されています。
アメ(アメミオヤ)にお願いする気持ちでしょうね。
見つかったのはヒヨウフ タネ・・・日のエネルギーを受けたような、
すばらしい種「稲籾」です。
そう、いつもアメのこころと一致していらしたからでしょう。
から授かった種は、本当に素晴らしかったのです。

ヒウフ二 ハユル ウルノソハ

お日さまの光を受け、ピカピカと輝く、美しいみずみずしい稲の若緑の葉!
も、ここの個所のハの「ソ」も特種文字で書いてあり、
ソロ(田畑の産物)がいかに貴重なものであったか分かります。

私にも覚えがあります。
自然農の活きた土の田んぼ。
稲の葉の色は独特の輝きがあって、
もうね、オーラを放っているというか・・・まったく違うんですっ!
一目で、見分けることが出来ました☆

「ヨルナミニ ハユルナロナ」というのは、夜のヨルナミ
つまりお月さまのエネルギーを受けて育つのです。
ここでは菜っ葉の意味でしょうが、
は畑で育つもので、アワなどの雑穀類もふくめられています。

田の稲はお日さまのウルナミを、
畑の作物は月のヨルナミを受けて育つと考えられていたようです。


朝日をあぴながら、みそ汁の実にする菜っ葉を採りに行きます。
朝露に光っている菜っ葉ちゃんたち!

「ねえ・・・私がおいしいよっ。私を摘んでね」
「私の方が、柔らかいよ。私を食べてっ!」

あちこちから、菜っ葉ちゃんたちの声が聞こえるよう・・・
私は嬉しくなって、ニコニコ笑っちゃう。
ついてきた愛犬もはしゃぎまわり、鶏がコココとはねまわる・・・
懐かしい思い出です。

思い掛けなく手に入れたモノを「授かった」と言います。

菜っ葉もお米も
どんなに自分で働いて手をかけても、

授かったという実感があるのです。

これは、ウケモチさんの生まれ変わりのような、
清水師匠から伝えられたことの一つでしょうね。

「私の野菜?・・・私が育てたんじゃないよ、育ってくれたんだよ」と。

ですから、昨今の「子供を作る」とか、
「すごいモノをゲットした・手に入れた」とかいうような表現は、
対象が良いもの貴重なものの時は、使い方によっては違和感を感じます。
やはり「授かった」とか、
「お陰さまで」という言葉やこころを大事にしたいなあと思うのです。


ウケモチが ハヅキ ハツヒニ
ナルハツホ トヨクンヌシニ
タテマツル キミハ カシキノ
ユフ ニキテ アメナカフシノ
カミマツル ソロノ ホヅミノ
ミケモ マタ ウスツキ シラゲ
ハツヒニハ カヰト シルトゾ
     ホツマツタヱ15−22より


さて。

ウケモチさんが育てた稲は、8月1日に収穫祭を行うほどに実ったといいます。
それでその貴重なお米を、当時の3代アマカミ「トヨクンヌ」に捧げました。
トヨクンヌはユフ(コウゾのような木の皮を紡いで織った布)を
カ・シ・キ(赤・白・黄)に染めた幣で「アメナカフシ」を祀り、その初日には
米を臼で搗いて精米(ウスツキ シラゲ)して、
粥と重湯(カヰとシル)を作り、供え物としたのです。

なーるほど。貴重なお米を大事に大事にするには、お粥や、重湯はいいですね?
こう記されているので、当時どんなに貴重なものだったかが、良く分かります。

そうそう、
アメミオヤ(宇宙原理)のことを、
建国の頃は「アメ」または「ア」と呼んでいましたが、
この3代目トヨクンヌの時代から「アメナナフシ」と記しています。
トヨケさん、アマテルさんの時代からは「アメノミオヤ」ですね。

名前だけで、元はいつごろのお話か時代が分かるんですよ☆


                                

(旧版 05/12/03)

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コメント

農業はいいよなぁ~。
農薬つかわなくても、純粋にいのちと共感できる食べ物・・・。

かって、びーちぇさんが実践していた、その師匠から授かった土をさわった。

今度生まれ変わったら、農業をやりたいって心ざしていますが・・・チャンスがあったら、あの鹿児島の山の神様近くの、びーちゃんっちの畑の土を手に入れて、我が家でできるものを育ててみたいなぁ~^-^。

まさに、縄文時代の昇華した時代「今」なんだろう。

天と地のエネルギーはまぁ、変わらない・・・
いやぁ変化していると想いますが、
縄文の・・精神って言うか、そいつは大地に根ざしていると感じます。

想念によって汚れた今の環境の中で、
そいつらを如何に、今生で浄化するってことが、また漢字となじんで・・・
「ミヤビ」とは逆行するモノを修正する教科書が、約30年前にときはなたれた・・・まぁ私は「岩戸開き」と観じています。

びーちゃんから送ってもらった・・・あの大根ちゃんのエネルギー。
今でもすぐに蘇って、それだけで体が軽くなりますよ。

びーちゃんから教えてもらった「フトマニ図」
・・・毎日感応して、私の羅針盤になっています。

縄文の歴史を解き明かすびーちゃんの仕事はとってもステキです!☆

これからも、日本文化っていう「ミヤビ」
どなたの心にもある「た・ま」を気づかせるために、がんばってください。

私ももっと気付きたい。

2枚の画像^-^文と、とても調和していますよ。

ありがとうございます。

投稿: せいりゅう | 2005年12月 8日 (木) 10時10分

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