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2009年8月13日 (木)

水田を造った7代アマカミ「イサナギ」その2 改訂版

mura

イサナギ・イサナミの水田開拓と、水稲栽培法。
さて、そこでひとつ問題になったのが言葉です。

お国言葉、さまざまの方言の人たちを指図したり、教えるのは大変だったのです。

水稲栽培は気をそろえての共同作業がモノを言います。
また、作業の時期が遅くても、ちょっと早くても、育ちに影響するのですから。
言葉による正確なコミュニケーションが取れなくては、仕事になりませんでした。

殷滅亡による難民、つまり異民族の人たちも居たかもしれません。
そうであれば、なおさら言語教育が必須だったと思われます。



余談ですが、こういうことに細やかに気が付くのは、このお二人ならではと思います。
祖先は同じタノクニサツチ(タカミムスビ)の血筋。イサナミの方が直系。
イサナギは2代タカミムスビの弟「アメカガミ」の裔、傍系なのです。
6代アマカミに子供が生れなかったので、一族全ての中で、最も聡明で人柄も良く、
共に人望の厚いそれぞれに、白羽の矢が立ったのです。

イサナミは東北「ヒタカミ」育ち、
イサナギは「ネノクニ」今の金沢辺りの生まれです。

一緒になるときには、ずいぶん考えたそうな・・・皇位を継ぐということも
大変なことですが、個人的にも環境も言葉も育ちも違うお二人でしたから。
結婚なさってからも、きっと言葉でのコミュニケーションで、
それなりの苦労があったのでしょうね。


    そういえば、テレビもまだ普及していないころ
    熊本から鹿児島に行ったことがあった・・・
    まるで、外国に行ったみたい。いっちょん、わからん。
    お隣さんなのにね。

    最近はテレビのお陰か、お年寄りでも、
    標準語しゃべってくれるようになったよね。

    ところが・・・10年前、鹿児島の山奥に住んだ。
    まあ昼は大丈夫だった。
    でも夜「のんかた」になって、
    酔っぱらったおっちゃん、おばちゃんが何の話してるか
    99%分からないっ!
    大体のことが、想像できるまでに・・・1年かかった。

 

さて・・・イサナギとイサナミは、口調の良い五七調のアイウエオの歌を作り、
発声練習をしながら、人々の言葉を整えることにしました。
そして作ったのが「アワノウタ」なのです。

アメを表す「ア」この世や、クニタマを表す「ワ」
アワノウタは、それだけで宇宙の全てを表しているとも言えます。

それに現代風に云えば首都のアワウミのほとりで作ったお歌ですよね。


awanouta


カタカキという古代の五弦の琴(和琴の先祖)を打ち鳴らし、
まずイサナギが高らかに歌います・・・

アカハナマー イキヒニ ミウク
 フヌムエケー ヘネメ ヲコホノー

イサナミが続いて美しい声で、

モトロソヨー オテレセ ヱツル
 スユンチリー シヰタラ サヤワー
」 

人々も声を合わせて歌いました。
何度も歌っているうちに声もそろい、気がそろってくるのですね。
楽しくなって、踊りだす人もあったかも知れません・・・

労働の合間に。
夜はかがり火を囲んで。
それは、それは楽しい一時だったことでしょう。

それに日本語の不思議は
アイウエオの母音が身に付くと、
動詞の活用が自然に出来てしまうことにあります。

このことの発見はなんと、ずっと後世の江戸時代でした。
文法などということは、改めて勉強することではなかったほど、
日本語の場合は自然であったのです。


    いやぁ・・・思いだします。
    英語だって、動詞の変化は大変ですよねぇ。
    過去形、進行形、現在完了・・・・うへぇ。
    「私」もアイ、マイ、ミーとか、変わるもん。

    歌をやっていて、もっとひどい目に遭ったのは、イタリア語。
    すべての名詞が女性形、男性形があって、その度に動詞も違うの。   
    過去、現在、未来でもまったく違う単語になっちゃって、なにがなんだか。
    ドイツ語はやや、まし、かな。
    ・・・フランス語はめげたので、パスした。。。(^^;)


行か・ない、行こ(か)う   ア・・・「ウツホ」
行き・たい          イ・・・「カゼ」
行く・とき          ウ・・・「ホ」
行け・ば           エ・・・「ミズ」


これに「ハニ」という「オ」のひびきに影響のある元素が加わり、
すべての現象やモノ、物質を作っている「五元素」となっているのです。

「あーーー」と声を出すとき、
ウツホのエネルギーのようなものが、響きを通じて身体に入ってきます。
細胞・・・そして、それを作っている分子、原子、電子、素粒子などの中の
「ウツホ」という構成要素をリフレッシュさせ、活性化させるのかも知れません。

それは、あまねく他の構成要素に影響を与え、
身体も心も整っていくという考え方でしょう。


心や精神的なモノも、五元素から出来ているといいます。
それが集まり出来たモノの中で、

特に見えないものを「ヰクラ」といいますが、
その構成もまた5つからなり、
タマ(タマ、ココロバ、ミヤビ)それから、
シヰ(シヰ、シム)で5つです。

その中の「タマ」は、
見えるもの「ムワタ(身体や臓器)」より、ウツホの割合が多いということです。

またケモノの「タマ」にはウツホがほとんど無いと。
どうもヒトとの差はそこにあるようなんですね・・・面白ぉ!
中で特別な「ケモノ」はイヌとムマだそうで、
ちょこっとだけ、ヒトに近い「タマ」を持っているかも知れないということを、
ヲシテを勉強していて、どこかで読んだ気がします・・・

    この、イヌとムマの話はどこかで読んだ気がするのですが・・・
    見つけることが出来ませんでした。ごめんなさい。

     また、これはヲシテ文書とは話が別ですが、
    エネルギー理論の師によれば、人間が可愛がり、
    その人の生活の中で運命を共に担っている動物達は、
    人にも似た「ココロ」の働きが出来てくるといわれました。
    「命とはそういう作りになっているモノ」なんだそうです。参考までに。



ちなみに、

アメミヲヤから発するエネルギーが万物を形成しているのですが、
「タマ」は太陽を通じて来る、ヲのエネルギー(ウルナミ)から出来るもの。
「シヰ」は月から来る、メのエネルギー(ヨルナミ)から出来るもの。

その2つを地球からのエネルギーで出来た「タマノヲ」で結ぶと「タマシヰ」となり、
それが、お腹の中のコダネに宿って初めて固有の命となり、
そのタマシヰが作用して、
そこから「ムワタ・内臓」が形成され、人となり誕生するのだそうです。

また、
死ぬと、このタマノヲは解かれ、

タマは太陽を通じて、シヰは月を通じて、
アメミヲヤのモトへと還って行くのです。
タマノヲや、残された身体もそれぞれ五元素に分解されて、
クニタマに還るのです。

ね?

なんとスッキリしていることでしょうか!


Photo_5

 漢字で書く「魂」などというものは・・・

 大陸からやって来た、
 異質で、全く違った概念だと思いませんか。


 白川静
さんによると 
‥‥ 『常用字解』 平凡社

 「魂」とは、云と鬼から出来ている字である。
 云は雲を表し、鬼とは人が死んだ時
 「人鬼」となるものを言う。
 人鬼は神とともに霊界に属している。

 この「鬼」という字の甲骨文字は、
 死人であることを表わすため、
 頭を大きく書くのだそうです。 

 「鬼神」とはこの人鬼と自然神の2つをいう言葉。

 「霊」も雨乞いをしている形を示す象形文字。
 やはり呪(じゅ・まじない)で、
 鬼神などをこの世に降ろすという語源をもっています。

 こわっ!



「アワノウタ」は以後広まっていきました。


これが初めての四十八音表となり、
日本語の要素(ヲシテ・字)を表わすものとなったのですが、
音声としても、豊かなヒーリング効果をもたらすものでした。

その故に、
アマカミも、クニカミも、トミ、オミ、オサたちも、
心と身体を整えるこのウタを、積極的に指導し伝えました。
アマカミも自ら全国をめぐり、
技術指導とともに必ず歌を教えたそうです。

ですから、子供が話せるようになると、
「アワウタ」をよーく教え、毎日歌わせて、
言葉と心と、身体を整えるのが良い教育だったのです。

「身体を清らかにするのは、ミソギであり、
 心の穢れを清らかに洗うのは ウタである」


でもね、この五元素のことを
「あ、陰陽五行じゃない?」なんて、言わないでね。

もっと、もっと古い、日本独自のものなんです。
なんと建国の頃から・・・つまり紀元前6000年頃?には、
そのような思想が確立していたようですから。


Motoake


これは「モトアケ」と呼ばれる宇宙図。
日本独特の曼荼羅とも言うべきものですが、
最近の研究によれば、ヲシテの・・・
つまり文字の成立にもかかわっていたようです。
ですから、やはり遙かに古い建国時に作られたと思われます。


そしてイサナミの父、あのトヨケカミの頃からでしょうか、
これが判断の物差し(ウラナヒ)つまり、
「ヱト盤」としても使われたことが読み取れます。

また8代アマカミ「アマテル」さんの晩年には、
それまでのヱトを分かりやすく整理し、
判断を助けるための128首のワカを御自ら編纂されました。

その、ヱトの卦を解説、助ける文書が
今に伝わるヲシテ文書の一つ「フトマニ」なのです。


しかし、私達が今思うような占いという概念では無かったと思います。
基本は「アメオシル」ということ。
ですから「モトアケ」を使ってアメオシルことが出来る人は限られていたと思います。
これは奥義だったようですから。
アメミオヤである宇宙原理をしっかり理解し、
同時に感得できるという能力が身に付いていないとね?

もちろん無私のこころ、ミヤビがなければ真実は分かりません。
トヨケさん、アマテルさん、アマノコヤネさん、サルタヒコさん・・・
ツワモノヌシ、ココトムスビさん(コヤネさんの祖父、父)なんかも、入るかな?
今思いつく方は、それくらいです。               系図

他にもいらっしゃったとは思うのですが、
まだ勉強がそこまでなので・・・すみません。m(_ _)m


ヲシテ文字は建国以来、
少なくとも紀元前4000年〜6000年?の
歴史を持っていると思われます。

でも、漢字は紀元前1500年頃成立した「殷王朝」の時代からのものです。
古代エジプトのヒエログリフは紀元前3000年頃の成立とか・・・
もしかしたら、ヲシテは世界最古の文字であるかも知れません。


また「陰陽五行説」
それから1000年もの時が流れ、かの戦国時代(前500年頃)に流行した思想で、
紀元前650年頃記録された、天文気象を観測した文書「禮記月令」を元として
考え出されたといわれています。

そういえば、昨今のはやりの「マヤ歴」も、そう古くなくて、
中国の陰陽五行より後か、同じくらいに出来たみたいです。

五元素の話をし出すと、延々となりそうです。
でも、一つだけ言えることは、現代の量子力学ととらえ方が似ているようです。
建国の頃には、もうそういう考え方をしていました。

独自の暦もあったんですよ。


オマケの話

    アマカミさんたちは、次の後継者が定まり、
    成長してもう一人前との判断がつくと、さっさと隠居(?)して、
    ご自分の領地だけを治められるのが常でした。
    そうして余裕の出来たところで、
    それとなくアマカミのサポートをなさっていたのです。

    口は出さない。でも困って相談に行くといつでも全面支援。
    また、それまでの経験を生かし、
    領地の民や、集まってくる次代の若者たちを教導するというのが
    重要なお仕事となりました。

    アマテルさまなんか、モノスゴイ長命だったので、
    人生の大部分、こういうお立場。
    確か曾孫の次?に当たるアマカミの時にカミ上がりだったかな。

    そこで、今までのことを振り返りながら、
    祖父であり敬愛する師父トヨケカミがなさったように、
    さらに考察を深め発展させて、
    建国からのこれまでの歴史、文化、神学、哲学を整理して、
    書きまとめていかれたように思います。
    「フトマニ」の編纂もその一つであったと思われます。
    また、今は失われてしまった多くのフミ(ミソギノフミ・ミミノハなど)
    の名も文献には記されているのですが、
    みな後世ホツマツタヱ、ミカサフミを書き記すのに
    役に立ったのではないでしょうか。

    それまでは、国を豊かに平和にすることだけで、アマカミも精一杯。
    言い伝えや慣例だけだったのでしょうが、
    トヨケカミ、そしてアマテルカミの代になってから、
    徐々に書き記したということでしょう。

     ※ 但し時代が下り、スヘラギ(ヒトノヨのアマカミ・つまり天皇さま)
       の時代になると、ご逝去後の即位も多くなっているようです。         



でも、今どきの上の人たちに言ってやりたいよねっ!

アマテルさまみたいな指導者は出て来ないものか。


 

    また、日本語文法については

    最新の研究による本が刊行されました。

    「よみがえる日本語」

    とても判りやすい画期的な本となりました。

    どうかお手にとって読んで下さい。

    そして、直に、ヲシテを読んで下さい。

    世界に類の無い、素晴らしい世界が広がって参ります。


    『よみがえる日本語 ことばのみなもとヲシテ 』

    青木 純雄・平岡 憲人 (著), 池田 満 (監修)   明治書院

    http://www.amazon.co.jp/dp/4625634075/


                                

(旧版 05/11/28)

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コメント

毎回すばらしい・・・。
びーちぇさんのヲシテ解説には毎回涙がジンワリと出てくるんですよ。。。
今回のタマシヰの話も実によかった。

投稿: kits | 2005年11月29日 (火) 15時15分

ノリノリヒトヌキマのアヤ(19)に、ムマとイキを合わせることの大事さが書かれています。
お尋ねの件かどうかはわかりませんが、ムマに(イキ)ウツホ、ココロ、ヲシエの要素が強いことを示しているようです。
イヌについて直接の言及があるかどうかはわかりません。

ムマノミキヨリ フミノボリ
シクヤスクラノ アブミナワ
マチニヰキアゲ ココロミテ
モモトハラビノ  ユルミアイ
コシスエノリテ ヤワヤワト
ムマノアシドリ イキスアヒ
アハスカナメノ ノリノリゾ
ツネニココロオ  ウベキナリ
ムマハウマレテ  モノシラズ
アダハシルトキ ノリオツゾ
カネテヲシエバ カナフモノ

投稿: 真名 | 2005年11月30日 (水) 12時29分

>やっほう!

 さっすが、真名さん☆

そこのくだりは、その内にエントリーを書こうと思っていた個所です。
今下調べをしているところなの。
すごく魅力的なお話なんですよね?

だけど、その前に「ハタレウチ}を紹介した方が良いかなと・・・

投稿: びーちぇ | 2005年11月30日 (水) 13時10分

>kitsさま。

毎回本当に「こころ」で読んでいて下さって、とっても嬉しいです。
私が伝えたいのも、事例、こうだったという現象の中の・・・こころ。
祖先が伝えてきた、深い感覚なのですから。

また、簡単でも良いからコメント下さいねっ☆

投稿: びーちぇ | 2005年12月 1日 (木) 01時44分

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