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2009年8月25日 (火)

タナハタの御奉り 改訂版

Takamanohara

 

今年は8月26日が、旧暦の7月7日。
タナハタさまのお奉りなのです。

 

伝統行事はどうして旧暦で行なわれないのでしょうか?
その方が、季節にも合い、
天地と共にお奉りの実感もエネルギーも、戴けると思うのですが。

タハナタさまでは、新暦ですと梅雨も明けておらず、
たいていが雨降りになって、星なんか見えないんですよね・・・

伝統を本当に尊ぶのならば、我が国の天地もろともに体験し実感を得、
それを子々孫々に伝えていくのではなくては、
なんの意味もないとお思いになりませんか?

 


さて今日は、ミカサフミ「ナメコトノアヤ」をみて見ましょう。
これは1年中の御奉り(ナメコト)を書き記したものです。

7879p_2
 

アフミは7月のことで、の季節とも呼ばれていました。
その「ホ」という字を見るならば、
2本のたて棒がオの母音、□の中に書かれています。

フメ・・・2本も(寒さを表す)が現れて、
隠れている2本のヲとバランスを取って調和し、
暦では秋となる季節なのです。
今までの強い(暑さを表す)が和らげられたのです。

フミヅキという言葉は、アメ(天)を表す、フミのをカットしたもの。
さらに後世では、フヅキというようになりました。

風もいままでの湿気をはらって吹いてきます。
これがノワキ(野分き・台風)となることも、しばしば・・・

ユミハリは弓張月を指し、ここでは上弦のお月さまの日、7日です。

その日にはイウ(木綿)やアサ(麻)をウム(績む)ことを儀式として行い、
ヲトタナハタホシマツリを行ったのでした。

ヲトは、目に見えないつながりを示す異体字(中の縦棒)が使われているので、
星を御奉りして、祖としての宇宙の大元を想うものであったのが良く分かります。

それは、アメミヲヤを北極星になぞらえ、
クニトコタチとその8人の皇子を、
その周りの星々になぞらえていたことに由来するのです。

 

さて、機織りというのは、
古来から女性に託された神聖な仕事とされていました。

上はアマカミのお后さまから、タミの女性に至るまで、
せっせと機織り仕事にいそしんだのです。

ホツマツタヱ6アヤには、
アマテルカミ即位の時、定められた12の后(キサキ)制度ですが、
「ミナ ハタオリテ ミサホ タツ」と記されています。

・・・アメミヲヤからのエネルギーをいっぱいに受け止め、
    まとめて、日々下へ伝えていきます。実、身、自分の意味ともなります。
・・・ミのエネルギーが調和を以て明るく清らかで豊かであるさま。
・・・上を受けて、そのエネルギーが新たな生命のようなものとして、
    固定され現実化します。

ミサホを立てるというコトハの意味から、
機織り仕事の大事さが良く判るではありませんか。

つまり機織りは
アメノノリ(アメの法則)を目に見える形にするという、
尊いお仕事なのですね。

ですから、世の中の秩序も政治のことも、
機織りになぞらえて、教えられていたのです。



またミクサタカラ(三種神器)のトノヲシテのことですが、
ミハタノトメノオンフミ(御機の留の御文)とも記され、
ヒツギ(皇位継承)の印、タカラの一つとして、授けられた記載もあるのです。

このように、
アマカミが書かれたとりわけ大事な、勅や文は
「ミハタ」と記されることもしばしばでした。
また、ミハタは御幡にも通じています。

幡(ハタ)を立ててミサホ(アメのノリを示す)
ということなのでしょうね?

こういうことを知れば、
漢字翻訳の「操」なるものは、まったく違っていることが判るでしょう。

「操」とは、
多くの口で、騒ぎ立てて神に祈ることであり、
そのようにしてまで、一心に祈ることから、
肯定的な「意志を固く持って変えない」という意味へと転じたそうで・・・ふぅ。

 

縦横の糸を整え、よじれやゆがみのない、
滑らかで美しい布を織り出すこと。

心を込めて織り上がったその布は、
まことに目に見える平和な豊かな世の中を表し、
宇宙の法則を偲ぶシンボルでもあったことでしょう。

そして、機を織って布にするには、まず草木の繊維をほぐし糸にする作業
すなわち糸績みから始まります。


そのような始まりを示す儀式を行って
星を奉る
のは、

世の始まり
人の始まりということを思い、
夜空の美しい星を見上げながら、
心をアメに通わせる大事な
祖先奉りだったのでした。


モチハ ミヲヤト イキタマニ・・・


そしてモチ(満月)の15日には、
祖先と「イキタマ」、生活を共にしている両親や祖父母にも、
感謝の心を捧げて、ハスケ(蓮飯)をお供えしました。
これは大変なご馳走だったらしいのです。

 

故・松本善之助先生によれば、

「室町時代の中納言、山科教言の日記『教言卿記』(1405)の七月十五日条に、
 〈蓮葉飯事、子孫賞翫珍重々々〉とあるし、
 権大納言山科言継の日記『言継卿記』(1569)の七月十五日条にも、
 〈蓮之飯亭主調之〉とある。
 そればかりか、宮中でもこの証拠は拾える。内裏にある身分高い女官が
 主上のご動静を子細に記録した『御湯殿上日記』(1496)の、これも七月十五日に
 〈はすのく(供)御まいる〉とあるが、その他の日にも見えている」

                 松本善之助著 ホツマ・古代日本人の知恵 より

 

もうひとつ見過ごせない文章。


アオギ オドリテ イヲ ウクル


なんと、(祖先を)仰ぎ、
踊ってアメのエネルギーを受ける・・・元気になる。
と記されていることです!
これは、まさしく今もいうところの「盆踊り」ではありませんか!

お盆も盆踊りも、仏教由来と思い込んでいましたが、
その本質はずっと昔、
縄文のころからの私達の伝統であったのです。

 

また、ミカサフミの「トシウチニナスコト(年中行事)ノアヤ」には、

タナハタの時には
カヂニ ヲシ・・・カヂの葉にヲシテとありました。

カヂの葉っぱにオシテでアワノ ホギウタ(言祝ぎウタ)を書き記し、
御供えしたらしいのです。
これが、七夕には願い事を短冊に書いて、
笹の葉に結びつけ飾ることにつながっていると思います。

Taraha_2
この葉はカヂではないのですが、
池田先生が、このように書いたのですよと、
お示し下さった「たらのは」です。

先生の説明がこちらのサイトにもあります。

京都の冷泉家では今日も、
七夕のお供えの1つとして、
カヂの葉を水盤に浮かべたり、                                         葉の上に和歌を書いてあちらこちらへ結びつけ、
                捧げるのだそうです。

              ※ 冷泉(れいぜい)家の乞巧奠(きっこうてん)


「七夕」は「七月七日の夕べ」の意味で、
牽牛(けんぎゅう)星と織女(しょくじょ)星が年に一度、
天の川を渡って会うという中国の伝説に由来する。
織女星はその名の通り、機(はた)織りの女性を象徴する星。
日本では「織姫」とか、機織機具の「棚機(たなばた)」の語から、
「棚機(たなばた)つ女(め)」とも呼ばれた。
「七夕」を「たなばた」と読むゆえんである。


・・・こんなことを信じ込まされていたんですよね、今まで。

でも、ヲシテを知るならば、

我が国がはるか祖先の昔から、

どんなに優れた心の伝統を持ち続けているかが、

良くわかるのです。


最後に、ミカサフミの「トシウチニナスコトノアヤ」
タクハタ(タナハタ)マツリの部分を掲載しておきます。
どうぞ皆さま、それぞれに原文を味わって下さいませ。
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(旧版 06/07/31) ,

 

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