« 縄文固有文字「ヲシテ」 改訂版 | トップページ | カトリ、カシマカミとお馬さんの話 (2) 改訂版 »

2009年12月 4日 (金)

カトリ、カシマカミとお馬さんの話 (1) 古来の神社、そしてサルタヒコさま 改訂版

torii
素朴なヤシロ


漢字時代になって
「古事記・日本書紀」が書かれたため、

本来の神社の意味も忘れられてしまっています。


それこそ、天皇家に近づいて己の権勢欲物欲で巧妙に支配した歴史が、

いまの神社にも色濃く現れ、もとの祀られていた人やカミまでも、

分からなくなっているのです。


また、大陸との交流によりシャーマニズムというものが広がり、

仏教渡来とともに宗教という色が、神社をも覆ってしまいました。

私たちが伝えてきた自然な懐かしい心情、

父母からはじまって繋がる大元の祖先との交流の場。

それをあらわすのがミヤ・ヤシロであったし、

カミさまたちは、祖先の方々だったのにね。


それでも・・・古代からの、見えない絶えない自然なエネルギーは今に現れ、

伊勢神宮、鹿島神宮、香取神宮・・・白山明神などなど、

数えきれないくらい、いっぱい残っているのは本当に嬉しいことだと思います。

でもどこの神社のご由緒を見ても、すごくおかしいの。

たとえ伊勢神宮であっても、

なぜこのカミさまが祀られているのかは良く分からなくなっているのです。

全てのよりどころが、「記紀」しかないからですね。


また古来のカミさまのお名も漢字。

音に漢字を当てはめたわけで、

漢語に翻訳したのは渡来人たちだったとのことなのです。

2世3世といえども、違う文化で育った人たちです。

日本古来の感じ方も文化も深く身にしみてはいなかったでしょう。

つい自国語の似た音、似た意味を使ってしまったのは、

やむを得なかったのかも知れません。

また漢字には、中国での成り立ちの意味が濃い、象形あるいは表意文字として、

その本来のイメージを伝えてしまうんですね。

神仙思想シャーマニズム覇権のエネルギーを・・・

こりゃあもう、すさまじいものです。

いってみればオカルトチックだし恐ろしい。

それまでは、そんなものはなかったのに。


初めて漢字語源を解き明かされたのが、白川静さんです。

1冊でもそのご著書を読むと敏感な方には理解できると思いますが、

何とも言えぬ異民族文化の違和感

しかし、それを伝える、さまざまなご研究は、

中国に先駆けて本当に偉大な素晴らしいものと思います。

白川さんはヲシテ文献をご存知じゃないらしいので、本当に残念なことですが。



また、我がエネルギー技法の師も言われました。



「漢字は始めはみな象形文字ですが、

 のち会意文字というものが生まれてきました。

 しかし、すべて由来は呪(しゅ・じゅ)

 つまり、まじない、呪術なのですね・・・」


呪術想念を使い自分の意を通そうとする技です。

漢字が導入され、大陸の異民族のそういうシャーマニズムが全土を覆ってしまったのも、

無理はなかったとはいえ、とてもとても・・・残念なこと。

私たちの祖先、偉大なリーダーたち。

その歴史も業績も消されてしまって、ひどい誤訳のまま、

稚拙な神話になってしまっています。

あんまりだあ・・・と思うことしきり。



例えば、私が大好きなサルタヒコさま。



どうにか表すとしたら「去ルタ彦」でしょう。

「私ごごろを捨て、本拠を去っていこうと決めた男です」との名のりなのですが。

そしてそれが彼の本質を表す名前として、

尊敬を込めて以後そう呼ばれるようになりました。

つまりは潔さ、決断力、行動力

本当に正しいことを選び取り、実行する無私の方だと。


お家の名前を表す「シラヒケ」の方がホントは分かりやすいんです。

シラヒケ・・・ああ、すごく効く治療で名高い薬学のお家

建国の時からの高貴なアマカミのお血筋の・・・

でも気さくで、偉ぶらないお方なのよね?

今までのそういう名声や受け継いだ財産を捨てて、

一介の男として生きる。

そういう爽かさ、凛々しさです。

それをねえ・・・猿田彦とはなんですか!(怒)


だいたい我が国の伝統では、

「人でなし」になった悪者を、嫌われていた動物の名で表すのです。

オロチとか、イソラ、キツネ、ヌエ・・・

また、猿もあまり良い意味に使われてはいないのです。


サルタヒコさまについて、 

「よみがえる日本語」の著者の平岡さまの考察が素晴らしいので、

ここに要約して、ご紹介させていただきます。


「ウカワカリヤニ

 ミアエシテ アイマツナガタ

 サルタヒコ」         (ホツマ 24−31)


「ナンチワガナオ

 アラワサハ ワレモイタサン

 カエコトス」     (ホツマ 24−33)


上記は、サルタヒコさんのニニキネのキミへのお返事(カエコト)です。

「ナガタのサルタヒコ」が名乗られたお名前になります。

もちろんナガタは彼が先祖代々統治をまかされていた地名であり、

それも由緒正しい建国の地であったのはいうまでもありません。

しかし、実は掛け詞のように

「ナガタ」も「サルタ」もそれぞれ大事な概念を含んでいると思われます。

「タ」が共通ですから、そこから、それぞれの意味を考えてみると:

 

「ナガタ」・・・ 貴方の楽しみ

         貴方の助けになる

         貴方の助けになることを楽しむ

「サルタ」・・・ 幸せを広げるように治める

         幸せを広げるのを助ける・楽しむ

         私を去って治める

         私を去るのを楽しむ


このように考えますと、「ナガタのサルタ」は、

アメノミチヒトノミチの両方を表した名前であるといえると思います。

だからこそ、建国の地を守り、

そして後に、アマテルカミの聖地を守る役割になられたのではないでしょうか。


「ナンヂワガナオ アラワサバ」は、

まさに「ナガタのサルタ」を実践するのであれば、という意味になり、

ニニキネのキミへのはなむけの言葉としてふさわしい言葉といえると思います。


「ワレモ イ タサン」は、

「ニニキネのキミがそうなさるお気持ちならば、

 私も心を尽くしてお助けいたしたいと思います」

といったところかと思います。


また、この真髄をハラから分かり、体現し、

行動でも表し続けた人であるがゆえに、

アマテルカミから、治世の要として信頼を得続けたのではないかと、

思うに至りました。

2432

平岡さまの解説の原文、前のくだりをつけて読んでみてくださいね?


さて、上の原文2行目に

「ナガタガワ」というコトハがあります。

そして●の注意マークが付いているのですが、この濁点は写本によってまちまちで、

この2点濁点は、ずっと後世に付け加えられたと思われます。

そして、濁点の最初は、

否定的なことを表すのに使う、いわゆるヒゲ濁点だけであったろうというのが、

現在の考察です。

例えばカガミ(鏡)には、

良いことを表す「カ」と、良くないことを表す「ガ」が使われています。

人の心を映し出し、良い悪いの判断をする器モノなのですね。

 

Photo_4

長い間の書写によって次に書き加えられたのが、助詞(と当時考えたもの)の中点・・・

次に加えられて行ったのが、外濁点であろうかと。

ともかく各時代の写本筆者が考えて、解読の便宜のために書き加えたようです。

ですから、各写本まちまちで難しいのですが、

ともかく、ヒゲ濁点以外は最初は無かったものと考える方が、

真実に近いのではないでしょうか。

              ※ 私どもでは最近、一番新しい二点濁点だけは、
                とりあえず文献からカットして考察するようになりました。

 


したがって上記の文は「ナカタ カ ワ」・・・ナカタが私です・・・と。

後の方の原文にサルタヒコさまのことを「ナカタウマレノ ツチキミハ」とありますので、

ナガタ(あなたの楽しみ)も、ナカタで良いようです。


ワレハ イセノ サ

ナカタ カ ワ

ナンチ ワガ ナオ

アラワサハ

ワレモ イ タサン

カエコト ス


私はイセのミチの現れである「サ」・・・明るく潤い豊か・・・の実践、

人の助けになることを楽しむ・・・すなわち「ナカタ」が、

(出身地とともに)私自身を表していると思います。

(名乗りましたように、私ごころを捨て、この地からも去る決意ですが)

もし貴方が、私の名でもある「ナカタのサルタ」

すなわち「アメノミチ」と「ヒトノミチ」を実践なさるお気持ちであるならば、

私も心を尽くしてお助け申し上げますと、

ニニキネのキミに返事をなさいました。



このような、サルタヒコさまの人柄を表すエピソードは、

他にも沢山ありますので、

そのうちにまとめて書いて見ようと思っております。




さて、このように誤訳を上げればきりがないのですが、

前にも書きました、

「カシマカミ」タケミカツチ・ヒサヒコさんもそう。

鹿島カミでは誤訳も良いとこです。



Up

在来種である丈夫な木曽馬、お腹が脹らんでいるのが特徴。(クリックで大きくなります) Photo by poutyuraka



カシマは右のトミ、右大臣のことで、政ごとを実行に移す最高責任を担います。

現代では制度も内容も違いますけれど、首相にでも当たるのでしょうか。

アマテルカミの右の臣であったオホナムチさん。

しかし失政による、その右の臣の解任(俗に言う出雲国譲り)という

大きな事件がありました。


その時フツヌシさん(ヲハシリ)と、息子のヒサヒコ(タケミカツチ)さんは、

軍を預かって出陣なさいました。

そして軍勢にも「カシマタチ・右大臣解任」という名がつきました。

その時の大功績によりカシマタチのカミ「カシマカミ」の名を賜ったのです。



カシマカミ・ヒサヒコさんは、それ以前のハタレの乱の時も大活躍しました。

父譲りの騎乗しての弓矢のワザ、ツルギを持っての戦い、体術はことに優れ、

その豪勇はイカツチ(雷)をもひしぐという、当代随一の強者でした。

アマカミからその卓越した武術に「カナテ」

カナ(輝いている。また右の意もふくまれる)、

(手の意味と、方法とか術の意味を含む)

・・・この場合は武聖とでも意訳しちゃいましょうか?

別の使い方としてコトの「カナテ」というのもありますが、

これも琴の名手・達人といった意味を含んでいると思います。

今で言えば人間国宝級の褒め名を頂き「カフツ(ツ)ノツルギ」を賜い、

その時からヒサヒコさんは「タケミカツチ」と呼ばれるようになったのです。



しかし勇ましいことばかりではありません。


同時に心優しく、まことに深い思いやりの方で、

戦い征伐した敵をも憐れみ、

なんとかタマ(現代で言うタマシイ)だけでも救ってやりたいと、 

大伯父「ツワモノヌシ」親子が心を合わせ実現した技法「タマカエシ」をもって、

祀リを斎うときにも父と共に参加し、

心こめて悪人達のタマの浄めを行ったのです。


この頃の重臣・リーダーたちは、このように、みな厚いミヤビの方々でした。

そのミヤビから出る「人はみな同じである」という信念は堅かったのです。


アモトからこの世に来るタマはみな同じです。

でも現世というところは、正しくあろうとしても、困難なこともある。

持って生れた性質もあり、環境もあり、教育もあり、運もあります。

自分たちは恵まれているからこそ、正しいことを貫けたのかも知れない。

その感謝・謙譲・思いやりの気持ちが、常にあったろうと思います。

運悪くねじけて行く人だっているだろう。

望まなくても、どうしようもなく罪を重ねる人もいるに違いない。

そして、罪を死で償ったからには、

その迷い、ケガレを払い浄めて、生まれたときの清らかなタマとなり、

心安らかに、アモトにお還りなさい。

そして、またこの世に帰って人となるときには、

ミヤビに満ちた楽しい人生を送れるように。


これが「タマカエシ」のノリ(法)なのです。


心をアメミオヤに通しつつ「ツワモノヌシ」の子、

「ココトムスヒ」がノト(神拝詞)を書きあげたのでした。

このココトムスヒは、前に書いたあの素敵な長身の「アマノコヤネ」さんのお父上です。

ヒトリヒメのこと、ヒタチ帯のこと、息栖神社のこと、覚えていらっしゃいますか?


忘れた方は、こちら。

            ・・・文の中頃に書いてあります。    (続く)

 

(旧版 06/09/13) ,

 

Blog_ranking  ← よろしく☆

|

« 縄文固有文字「ヲシテ」 改訂版 | トップページ | カトリ、カシマカミとお馬さんの話 (2) 改訂版 »

コメント

>天皇家に近づいて己の権勢欲物欲で巧妙に支配した歴史

「支配した」の主語は何でしょうか?

「ふじ○ら」とか「○が」あたりですか?

投稿: ろろ | 2009年12月 4日 (金) 13時14分

>ろろさま

蘇我氏のことを念頭に置いて書きました。

なんせ、神功皇后といわれるお方の頃より、
なんだかなあ・・・が、始まったような。
そして、蘇我氏が台頭しますよね?

それなりには勉強したのですが、ろろさまの方がお詳しいかも。
何かありましたら、ご教示頂ければと期待しております。

投稿: びーちぇ | 2009年12月 4日 (金) 13時30分

楽しみにしておりました。

平岡さんの考察も含めて、とても楽しく読ませていただきました。まだ、サルタヒコのことまで考察が及んでいませんので、今後の参考にさせていただきたいと思います。

とくに「ナカタ」。
なるほどと思いました。


さて、濁音を表すと思われる記号のことですが、「中心から右方向へ横棒が伸びていることが重要」であると以前より考えています。

ヲシテの図象は、一定の法則に基づいて創造されていますから、その象をしているという点に必然性を備えています。

つまり濁音記号がヲシテ創造の原初から存在したというのであれば、横棒も、その例外ではないと考えられます。

右の方向というのは、ヲシテ図象の背景に存在する哲学の中では、イキ・カレのカレにあたる方向です。つまり、カという図象に内在されたものが外部へ流出する形を表現しているものと。そのほかの相においても同様であろうと考えております。

この辺も、今後の検討課題のひとつですね。

投稿: しわ | 2009年12月 4日 (金) 15時53分

しわさん

ヒゲ濁点について、貴重な考察を頂き、本当に有り難うございます。
とても、スッキリと納得できました。

> 右の方向というのは、ヲシテ図象の背景に存在する哲学の中では、
> イキ・カレのカレにあたる方向です。
> つまり、カという図象に内在されたものが外部へ流出する形を表現しているものと。
> そのほかの相においても同様であろうと考えております。

なんとも素晴らしいです!
そういえば、あのグニャリとした形は、本当に右に流れ出していますものね?

右を意味する「カ」は実りの秋をも意味していて、
いつもは恵みにあふれて光輝いていますけれど、
冬に向かっての(カレ・枯れ)を、すでに内包していますから・・・
それが流れ出すことによって、否定的な意味を示す。

「カにヒゲ濁点」以外の例は、けっこう少ないように思います。

劣った金属を表していた「バクロガネ」などしか、思い出せません。汗)
また調べてみましょう。

投稿: びーちぇ | 2009年12月 4日 (金) 23時50分

ヒゲ濁点の例ですが、否定的な意味ではないものも、
けっこう多いのですが、転用ということでしょうか?

最初には、内包するものが流れ出すという字を作った。
次には、助詞や、強調、複数などを表すためにも使うようになった。
・・・ちょうど、現代の濁点がそうであるように。

例えば「イサナギ」「アワナギ」「サクナギ」などの、重要なお方がたの名前に使われています。
助詞の「ガ」は、そりゃあもう・・・大量にあります。

投稿: びーちぇ | 2009年12月 5日 (土) 08時54分

「カレ」は現象としては「死」であっても、それは永続する命の循環の中においては一瞬でしかないわけで、廻ればやがて「イキ」につながるわけですよね。

ですから、その次の段階(相)へ進む方向性を示すために、「カレ」の方向である右方向へ流しているのだと考えています。

他の用例についても、おおよそこの解釈を中心として整理していけば、答えが出るように考えています。

そういったこともあり、びーちぇさんの仰るとおり、転用であろうと推測しています。

ヲシテの図象には両義性が備わっております。例えば、「よしあし」の識別がそこにあっても、それに振り回されない中心力があります。

否定の意味合いと限定してしまうと、文献中の哲学にも貫通して表現されているその両義性が損なわれてしまうように思います。

推測にすぎませんが、図象の成立ちに軸を置いて考えれば、そのように考えるのが妥当だろうと。

大陸文化の影響だけとは言いがたいのですが、事実ある時代を境に大陸の文化の影響をあくまで「表層的」にですが受けいれていることは否定できません。

そうして、環境の変化によって必然的に、そしてより具体的な表現が文字にも求められるようになった結果、様々に転用され、その転用を明確化するために文字の形に改良が加えられた…そういった可能性を考えています。

あるいは、最初は右方向に伸びていたものが、毛筆が導入され写本段階であのように変化していったものという可能性も、毛筆が導入されてからの年月を考えると捨て去ることはできないと思います。

いずれにしろ、原型はハッキリしているわけですから、そこに軸を置いて物事整理していくと、わかりやすいのではなかろうかと思います。

投稿: しわ | 2009年12月 5日 (土) 09時30分

しわさんもおひさしぶりです


元々は「ひげ濁点」しかなかったというのは、中1点濁点も、ひげ濁点で記されていた、という意味です。

ですので、助詞の「が」も、本来は「ひげ濁点」だったろうと思います。より古形を残していると思われるヤストシ写本では、「ひげ濁点」の助詞の「が」が多いです。

同時に、では「ひげ濁点」と「中1点濁点」を同一視することにした上で、「ひげ」も「中1点」もない=元々なかった、とするのも、微妙です。

デジタルヲシテをやっていまして、習熟していない文字との格闘では、漢字やカナ以上の転写ミスが起こってしまうことを実感しています。江戸時代の転写ミスの代表例は、春日山紀の1巻の草稿本と刊行本の違いです。現代の例は、写本と記紀原書、写本とデジタルヲシテの間に、際限なくみつかる誤記にも明らかです。

感覚的ですが、100字に1字くらいはミスるというような感じです。ヤストシさんくらいでも、おそらく1000字に1字はミスっています。ヲシテの字と振り仮名のずれからそんな風に思います。

すこし遠回りしましたが、図象論としては、「ひげ濁点」=上下の流れのせき止め、そして、枯れの方向ということでいいんだと思います。ただ、意味としては、秋は枯れだが同時に実りでもあり、ということで、「悪い意味」というような二元論ではなかろうとみなしています。「いさなぎ」の「ぎ」は、おそらく「実りの”ぎ”」というようなことかと。

本論にもどって、「なかたかわ」ですが、

「ながた」が「わ」

で、いずれも、本来は「ひげ濁点」があったと考えればいいんじゃないかと思います。

「なんぢ わがなを あらわさば」

というのに先立って、もう一度、最重要ポイントを強調された。


キミは、ツクシのタカチホにいらっしゃることになるでしょう。
私は、イセのサに参ります。
ご存知のように
私は、「あなたの楽しみがさき」という名前でございます。
キミが、私のこの名に込められた
トコヨの心得、「ながた」を身をもって表し、世の中に現して
いかれるのでありましたら、
私も、謹んでご助力させていただきます。

投稿: ひらおか | 2009年12月 5日 (土) 10時35分

もうひとつ、なぜ「ひげ濁点」がないのか、については、
 ・転写ミス
 ・もともとなかった
の2つの可能性があります。

もともとなかった、という可能性も捨て切れません。
これに関しては、池田先生が、

 「なか」「たか」「わ」

という分解で説明されていました。キミに対して、謙虚に、「ながた」などという恐れ多い名前で、
決してそんなことが実践できているなどと申し上げることもできないのですが、という意味を込めて、あえて、清音にしてあるという解釈です。

結果として

 ・「ながた」が「わ」
 ・「なか」「たか」「わ」
 ・「ながた」「がわ」

の3つを重層的にかけてあるのではないかと思われます。

ああ、もう一個というか、3つめのは、もしかしたら、
「ながた」側、  なんじゃないんでしょうか。「川」じゃなくて「側」。
伊勢の地の、南側、「いさわ」のほうを「ながた」。北側を「さるた」(さこくしろ)とか。そして、これは、将来、ヤマトヒメのイセミヤ探索の前ふりになっていると。

投稿: ひらおか | 2009年12月 5日 (土) 10時51分

> ひらおかさま

惜しげもなく、最新の研究の成果を教えて頂き、
感謝しております。

ヒゲ濁点について、とても興味深かったです。
しかも・・・膨大な作業の上のことなのですね・・・有り難いことです。

ヲシテは、先生もおっしゃっているように、
どこまで行くのか判らぬような、ただならぬ深さを持っていますね。

日本独特のかけことば。

わずかな文言の中に、広い広い宇宙をも感得できるという・・・その豊かさを感じました。

サルタヒコさまの、このくだりでは、
先生の解釈も、ひらおかさまの解釈も、そして私のも(?)
みな含まれるような・・・だからこそ素晴らしいと。

近代人の科学的な厳密さで、意味を一つに限定したりすれば、
この独特の豊かさは伝わらなくなってしまうのでは、などと、
今、思い巡らしております。

投稿: びーちぇ | 2009年12月 5日 (土) 14時25分

>平岡さん

お久しぶりです。
ブログは時折拝見してます。
こちらにも、どうぞ気軽にお越し下さい^^

さて、私の立ち位置は、あくまでコホシ図象を元にした図象解析にあります。その根拠も、文献内の記述に依っていることはご存知の通りです。

これに従うのであれば、また、ヲシテ文献の緻密さ、自然摂理より抽出し定めた形式を尊重しているという一貫した整合性など、ヲシテ文献の文献的性質を鑑みれば、濁点記号の一部など原初から存在したであろうと考えられる関係図象も、コホシ図象の法則に則って創られている可能性が極めて高かろうと考えられます。

このように考えると、髭濁点というあの濁点記号の形状が原初のものであるということに、疑問を感じざるを得ないというのが、私の立場です。

例えば、ワのヲシテの下が尻尾のように伸びていることに、文献記述上から意味性を見出せないのと同様にです。

したがって、後世、毛筆の導入により誤写され変化していったものの一種であろうという可能性を提示しています。


しかしながら、現在発見されている最古の写本である安聡本から解ることについては、仰るとおりであると理解しております。

なお、和仁估安聡の書写筆跡については、毛筆に依る影響と考えられる独特の癖が多数見受けられるのも事実でありますから、安聡本に記されたヲシテが全て原初の形を残していると考えるのは(あるいは遡れると考えるのは)、危険であるとも考えております。

もちろん、現状最古の写本である安聡本を精査されることは、基礎研究として大変有益であろうし、尊いお仕事だと思っています。


最後に、もうひとつ。

>ただ、意味としては

と続けて、逆説的にご自身の見解を書いていただいておりますが、「イキ」「カレ」を例に、より根源的な意味合いにおいて同一のことを先に書いております。

びーちぇさんには伝わったようですが、平岡さんには別のこととして伝わっているように思い、少し気がかりでしたので、失礼ながら書き添えておきます。

それでは。

投稿: しわ | 2009年12月 7日 (月) 12時31分

> しわさん

私が一番すごいと思ったのは、

> ヲシテの図象には両義性が備わっております。
> 例えば、「よしあし」の識別がそこにあっても、それに振り回されない中心力があります。

そう。

この「中心力」ということが一番重要だと思いました。
一見悪く思える現象でも、大きな循環の中では「悪い」とは言い切れないのですよね?
また「今は良い」という時でも、次に流れて行き変わっていく。
しかし、このどちらもが、健やかな姿であるということだと。
それを忘れないようにしなければと思いました。

今は冬です。
寒い地方では、畑は雪に覆われたり、
枯れて・・・死んでいるようにも思えます。
ですが、百姓の立場で言いますと、
この季節の土の中では、モーレツな勢いで次へのエネルギーを生産しているのです。
これを疎かにすると、次の実りはお粗末になるのですから。
よく「土を休める」と言いますが、
土は、すごい勢いで活動しているのですよ!

地上では「カレ」
地下では「イキ」
全体でみるならば、見事までに「両義性」が成立しています。

そんなことを思いながら「イキ・カレ」に、想いを巡らせたことでした☆

投稿: びーちぇ | 2009年12月 7日 (月) 16時46分

ひらおかさまは

> ただ、意味としては、秋は枯れだが同時に実りでもあり、ということで、
>「悪い意味」というような二元論ではなかろうとみなしています。

と二元論では無いと書いておられますね?
まことにその通りで、ただ、しわさんは、そこを深く説明してくださったのだと、
お二人に感謝しつつ、私にしっくりする、農業の例を書いた次第です。

本当に、いつも有り難うございます。
お二人とも、これからも遠慮無く書き込んでくださいませね?
どんなご意見も、私にとって、さらなる勉強に繋がるのですから☆

投稿: びーちぇ | 2009年12月 7日 (月) 18時09分

しわさん

こんにちは、なんだか、表現がさらに独自の領域にいかれているようで心配になります。以前は、「鑑みれば」「意味性」「でありますから」というような表現はお使いではなかったので。肩から力を抜いて。

さて、表現はおいて、両義性については、「カレ」の方向=次の準備でもあるのでネガティブだけでない、という意味でお使いでした。

私のほうは、「よみがえる日本語」に述べてあるように、例えば、「サ」の横棒は、否定の意味にも使うこともあれば、調和の意味に使うこともある、という図象上の意味合いで述べています。

コホシ図象論まで行かなくても、語彙の用法から、濁点図象、特にひげ濁点が、否定的な意味とは言いがたいということを述べたものです。そして、なぜ、両義性を持ちうるのか、ということになれば、コホシ図象でも説明可能だと思われますし、もう少し素朴に、「ツ」の方角に重ねられる「秋」=否定という風には必然的にならないので、当然のことだというようなことです。ある視点を設定すれば、おのずと正邪は決まります。「ツルギ」という言葉を表現している際には、否定の意味。しかし、だからといってあらゆる文脈において「ツ」=否定、ではない、ということです。

中心力というのは、様々な意味合いが込められていると思いますので、なんとも答えられません。図象上、いえることはとてもシンプルで、「キツヲサネ」は「東西南北」のような4方ではなく、真ん中を含んだ5方であるということ。その結果、「左右」も2元ではなく、真ん中を含んだ3元であることです。この国で「中庸の徳」がとかれているようなことにも通じていると思っています。

運動ということでいえば、直線運動ではなく、中心をもった円運動であろうと思います。数学においても、直交座標系と極座標系があるんですが、極座標の発想が、ヲシテの空間認識やものごとの認識に沿うものだろうと考えています。こういうことがしわさんがいう「中心力」の何か、なのかもしれませんが、それが「力」なのかどうかは、よくわかりません。私にとって学術的な文脈における「●●力」というのは、一義的に物理学用語であり、それをモデルとした(それに例えた)用語なのです。社会一般では近年はやりでなんでも「●●力」ですが、このレベルのものは情緒的な用語です。しわさんのいう「中心力」が、どのレベルの「●●力」なのか、よくわからないのです。

投稿: ひらおか | 2009年12月 7日 (月) 21時00分

ひげ濁点の往時の姿は、ミカサフミの写本に出てくる、右斜め上へ2点濁点ぎみに延びているものではないかと、以前研究室で表明したように思います。

布に書かれていた完成時と同じ版からつくられたもの
  ↓
筆書きしたもの
  ↓
筆書きしたもの

と代を重ねてゆきます。ヤストシさんの手元にあった時点で、すでに筆書きされていたので、少なくとも、筆書きで2世代は行っています。それゆえに、ヤストシさんのがどの程度原型をとどめているのかはあまり期待できません。ただ、トポロジーは崩れにくいものとみなしています。

また、文字の書き分けが明快なので、ホツマツタヱとミカサフミでは写本の世代(上記の筆書きの世代)が1代異なり、ミカサのほうが1世代若いと思われます。そこの字形から上記の推測をしているものです。

投稿: ひらおか | 2009年12月 7日 (月) 21時40分

>平岡さん

あらら、記憶にないとは、それは困りましたね。
以前から使っていましたよ。
私が書いたものは自由にご覧いただけますでしょうから、よくよく読み直して下さいな。
ということで、ご心配には及びません。

それにしても、初めて読む方が誤解を抱くような印象操作は、大変迷惑しておりますので、いい加減におやめいただきたいものです。

何か私が書く度に、場を考えずにこうしたことを書かれるのをやめていただけないのであれば、誠に残念ながら今後一切お返事は控えさせていただきます。

ということで、失礼いたします^^
噛みあわないですしね。

びーちぇさん、お目汚し失礼しました。

投稿: しわ | 2009年12月 8日 (火) 00時42分

しわさん

言葉を定義してお使いにならないということでは、学術的な議論は不可能です。これは最低限のルールですので。

投稿: ひらおか | 2009年12月 8日 (火) 12時00分

うーーーん。
定義というと、固くなるんですが・・・

私は「中心力」を、
アメミヲヤ(大自然)の循環と、受け取りましたが。

学術的論議は、私にはためになるので嬉しいですが、
読者の皆様には難しすぎるのではないかと、
少々案じております。

投稿: びーちぇ | 2009年12月 8日 (火) 12時58分

>ひらおかさん

あくまでご自分の言いたいことだけを押し通そうとされるのですね。
よくわかりました。

先に書いた通りにさせていただきます。


>びーちぇさん

そうですね。

アメノミヲヤの循環、きわなく動く廻り…大自然の中に身を置き、その身体感覚を元に創造されたヲシテは、やはり大自然の中に身を置いてみなければ本当の所は、わからないのだと思います。

そういった意味でも、土のお話は大変貴重なお話をお聞かせいただいたと思います。どうもありがとうございます。

投稿: しわ | 2009年12月 8日 (火) 13時52分

しわさん


>やはり大自然の中に身を置いてみなければ本当の所は、わからないのだと思います。

これはこれでいいんですよ。私は、これを否定している訳ではありません。私自身もそうありたいと思います。


しかし、言葉で他人に伝えるときには、おのずとルールを守らなければならないというだけです。言葉は定義して下さい。仮であっても。「よみがえる日本語」の専門用語はすべて定義してあります。逆に、定義せず専門用語をふりまわして、それを分る努力をするのは相手だというのは通じないんです。しわさんには、ずっと前からこのことしか言っていないんですが・・・。

投稿: ひらおか | 2009年12月 8日 (火) 14時50分

びーちぇさん


>私は「中心力」を、
>アメミヲヤ(大自然)の循環と、受け取りましたが。

これはよくわかります。

アメミヲヤ(大自然)の循環のことを、仮に「中心力」と言っておくことにすると、あらゆるものには中心力が働いていますから・・・

みたいに議論するだけです。
別に、しわさんに無茶なことを要求してはいません。

ただ、専門的な用語になると、一言でも定義でき、そして、それが意味していることの広がりを、何ページ、何冊にもかけて話すことになるんではないでしょうか。「よみがえる日本語」は、「相・態・呼求・図象」を定義するために、本1冊使っています。そういう地味な仕事です。

投稿: ひらおか | 2009年12月 8日 (火) 14時57分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/96841/46871956

この記事へのトラックバック一覧です: カトリ、カシマカミとお馬さんの話 (1) 古来の神社、そしてサルタヒコさま 改訂版:

« 縄文固有文字「ヲシテ」 改訂版 | トップページ | カトリ、カシマカミとお馬さんの話 (2) 改訂版 »