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2010年2月 6日 (土)

アマテルカミのお馬 (1)

Photo_3
サクラハ ナレハ マタノ モチ・・・


「コレ ソラ クモリ アラサリキ」



ホツマツタヱの19B「ノリノフミ テルタエノアヤ」

このような、いかにも晴々とした記述があります。


ハタレ大乱も平定されて、国は平和を取り戻し、

安らかな日々が流れておりました。

そして、立派に成人なされた日継ぎの皇子・オシホミミさまは

御位をお継ぎになり、正式に9代アマカミとなられました。

そして新しい都は、

トヨケさまの思い出も懐かしいヒタカミの「ケタツホ」に引き移されたのです。



アマカミが政を執られるミヤのある場所が、今でいう都です。

文献では「アメ」とも記されることがあります。

が、他に、

特別な伝統を表す「ツホ」という言葉もありました。



建国の地であり、イサナギさまの都でもあった琵琶湖西岸の「オキツホ」

アマテルさまの即位後、最初の都であった「ハラミツホ」

アマカミの都ではないのですが、

別格としては、建国期にタカミムスビの本拠と、

クニトコタチさまが定められた「ケタツホ」

この3カ所だけを「ツホ」というコトハで表していました。




さて、アマテルさま。

状況によって、各地のいろいろなミヤにて政をお執りになっていました。

そして譲位をされた後は、イセに落ち着かれたと書かれています。


Photo_6

      トキニ ツキスミ 

オオクマト ヒツメ アオコマ

タテマツル 

      カミ オモシロク

オホスレハ クマトニ タマフ

ミアエ ニハ 

      ヌヱアシモチ ガ

ガサクサ モ コケウ ハコヘナ

イタヒラコ ススナ ススシロ

スセリ ナツ コノナナクサニ

ノソクナリ 




ちょうどその頃。

ツキスミ(九州、ツクシともいう)のオオクマトが、

ヒツメ(蹄)が強靱で、

大変元気で勢いのある若コマ(乗馬用に調教された馬)を、献上しました。

アマテルカミは大変お喜びになり、

クマトの為にミアヱ(御餐)を催されたのですが、

ヌエアシモチという障りが起こす、

ガサクサ(タチの悪い腫瘍のようなものか?)をも除くという、

薬効のある七草を馳走なされました。





アマテルさまが、ゆったりとお暮らしになれる日々が、

ようやく始まったのですね。

そして、何と「春の七草」

アマテルさまが身体に良いとして

お選びになったものだったのです!


しかも、オシホミミさまのご即位は、

ハルノハツヒ・・・元旦のことでしたから、

1月7日に七草がゆを食べる習慣は、この時からなのでしょうか?

ちなみに現代でも春の七草は、

ごぎょう、はこべら(ハコへナ)ほとけのざ(イタヒラコ)すずな、

すずしろ、せり(スセリ)なづな(ナツ)と、

まったく同じなのです。




さて次の月、桜はすでに葉が茂っていたと記され、

その満月の日・・・2月の15日のこと。



Photo


      サクラハ ナレハ

マタノ モチ 

      コカネ ヒツメ ノ

クロコマ ノ タカギ ガ ヒケハ

タテマツル 




黄金のように貴重な、それはそれは強いヒツメを持った黒いコマを、

タカギ(前・タカミムスヒ)が引いて参内し、

アマテルさまに献上致しました。

この方は、アマテルさまの従兄弟にあたります。

そして共に、トヨケさまにミチを学んだ親しい仲でもありました。


前代の終わり頃から、

アマカミのミユキ(行幸)といえば、

格式を重んじた規模の大きなものになって行きました。

そしてお乗りになるのは、何人もの人が引く、ミテクルマか、

肩で担ぐミコシに限られていたようです。

その両脇には高位の武官や皇子が馬に乗ってお守り致しますし、

もちろん多数のモノヘ達も供を致します。


しかし御位を譲られた今後は、

アマテルさまが伸び伸びと、ほんの少数の供だけをお連れになって、

馬に乗って、自由にあちこちにお出かけになれるようにとの、

前・タカミムスヒ(7代)タカギさんの

本当に温かく行き届いたお心遣いだったのでした。




       ミツホ マナヰニ

ノリミユキ シハシハ マツリ

キコシメス 

      コレ ソラクモリ

アラサリキ 




そしてアマテルカミはその温かいお気持ちを受け、

心も晴れやかに、そのクロコマにお乗りになって、

懐かしいご両親のおられたミツホ(御ツホ、すなわちオキツホ)や、

今なお慕わしい、トヨケカミが眠られているマナヰに、

しばしば行かれては、

篤くお奉りをなさっていたといいます。


本当に伸び伸びと、御心のままに・・・

「コレ ソラ クモリ アラサリキ」




このように文献では、

アマテルさまのご心境を、

本当に安らぎに満ちて、明るく記しています。


2_2現代の和馬     天馳号   


さて、ここの個所における、

この時代にしかなかったコトハ、表現を考えてみましょう。



「ヒツメ」アオコマ

コカネ
「ヒツメ」



漢字時代になると、

「ヒツメ」は、駿馬・優れた馬という意味に変わって行きます。

そのせいか何人もの方が、何の疑問もなく、

「秀つ馬」と訳されているのです。


また「蹄青駒」とか、「黄金蹄の」と、

まあ・・・単純に、そして表面的にヒヅメと受け取り、

そのまま漢字を当てはめて書いておられる方もいるのですが、

なぜ、そうなるのか・・・当時の具体的な意味などは、

残念ながら何も伝わって来ないのですね。



けれども、このヒツメというコトハは、

本当に特別なことを表しているらしく

この献上の馬2例と、

縄文哲学的な比喩1例のみ(下記)にしか使われていません。




ウヌノテ ノ ウツロヰ オ ムマ

ウヰノテ ノ シナト ハ クツハ

ヒカリ ムチ オテ ニ クニタマ

ノリメクル オトハ ホオコオ

ウヒコ ニヱ ニ アカル ヤマソ

ノテ ムスヒ ノカセ ニ カワク

クコ ハニ ニ ヒツメ ノ アト ハ

ノラ ト ミチ
               (ホツマツタヱ18-7)




当時の哲学用語がいっぱいあって、

ここは読み解くのが大変難しいのですが・・・汗)


ただ、この個所は、アマテルカミが、

この天地・宇宙の生成の初めからを

御孫のニニキネさまに理解出来るよう、

判りやすいたとえ話を使って語られているのです。



アメノミヲヤは、

ウツロヰ(ウツホのカミ)を馬、

シナト(シナトヘ・カセのカミ)を轡(くつわ)に

ヒカリを鞭にしてクニタマを乗り巡られました。

その音は「ホオコオ」と響き渡り、

まだドロドロ状態であった地は煮え、

熱が加わることで、高くなり山となったのです。

(なんだか、火山の噴火を思わせますね?)

そして、「ノ」という調和して固定するエネルギーが働くと、

その風にドロドロは乾かされて、

ウツロヰ(馬)のヒツメ(蹄)の跡は、

野原と道にと成っていきました。





ね、このように「ヒツメ」は、

アメミヲヤの(目には見えない)お馬ののことであり、

この世界を創造するために働いたのです。



下の図は、クリックで大きくなります。

Photo_9

ヒ・・・・数字の1、ひとつ

     (日・太陽をイメージして)

     強く活かすもの、良いもの、優れていること



ツメ・・・「ツ」は、活かすエネルギーが力強く動いているさま

     「メ」は、そのエネルギーにより、形を変えながら続いていくさま

     爪という意味に、しっかり適合している。




そして実際にも、動物のうちでは馬だけが、

足の裏や、指の力を使わずに、

たった1本の「指の爪」だけで全体重を支えているのです。



こういうことをしっかり観察なさっていた、

我がご先祖さま方は、

本当に素晴らしい方々であったと思いませんか?





今度は古生物学から見てみましょう。

馬の先祖ですが、その四肢の指は200万年前には

真ん中の1本だけが発達し、

その爪は強くなって、身体を支えるほどに進化しました。

後の指はみな退化して無くなっていったのです。

そして固い1つの爪だけを使うことにより、

運動のエネルギーは体重の負荷と相まって、

圧縮されて強い推進力を生み出します。

つまり、大変速く軽快に走ることが出来ました。




さて、

馬の先祖は二つのグループに分かれていきました。

1つは今の外産馬の祖となった、西アジア地方。

そして、日本の馬の先祖は、東アジアにおいて、

3万3千年前頃〜1万2千年前頃まで、

今のモンゴルからシベリア地方まで広がっていた、

寒く乾燥した冷涼ステップ(雪の無い草原)・・・マンモス・ステップともいう・・・

で暮らしていました。

「マンモス動物群」と名付けられたグループの中に分類されているのです。

文字通り、マンモスを始めとして、トナカイ、ヘラジカ、バイソン、

ウマ、オオカミ、キツネ、ヒグマ、ホラアナライオン、オオヤマネコ

などが入っています。

                 マンモス動物群・渡来ルートほか


これらの動物のうち、

マンモスとトナカイは樺太やカムチャッカ半島付近の北方から入り、

北海道までで止まりました。

けれども、ウマや他の動物は本州まで来ていたのです。





その頃は日本列島も地続きか、

冬期には僅かな狭い海峡は、凍り付いた道となっていました。

また第4氷河期の終わり頃でしたので、

山の他は、列島全体にせいぜい林が散らばっているくらいで、

どこにも乾燥した宏大な草原が広がっていました。

下の写真のようなイメージでしょうか・・・


2_3   

 その頃の古地図と、炭素年代より正確な「年縞」による検証


 

そして馬は、草食動物の中では小さい体格でしたが、その分少食で済み、

また速いスピードで持続的に走ることで、

敵から身を守って、生き抜いてきたのです。

ですからウマにとって爪を痛めることは、走れなくなることであり、

すなわち死に繋がっていた・・・

このようなことを考えますと、

強い蹄を持つ馬が、優れた馬であるということが出来ます。





さて、野生の馬や、

放牧されて自然にまかされている馬たちは、

蹄も自然そのままで、どんなに走っても大丈夫なのです。

ですが、

人が馬を使うということになりますと話は別で、

人を乗せたり、重い荷物を牽いたりすれば、

どうしても全体重を支える蹄には、余分な負担がかかってくるのです。

ですからこの点から見ても、

強靱な蹄は、何より馬の優秀さを表していたと思います。


            ※ ちなみに、この東アジア系の馬は、

              特に蹄が強いことで知られています。

              1万年も後の末裔である、

              あのチンギス・ハーンの軍馬たちも、

              特別の蹄の保護はしていませんでした。

              代え馬を連れて行軍したのですね。

              我が国でも江戸期までは、

              馬沓という藁などのブーツのようなものを、

              必要に応じて使うだけであったのです。


              しかし、これらはずっと後世のことであり、

              上古の日本においては、自然のままであったようです。




実際的なご先祖さま方は、見かけより何よりも、

その一番大事な本質を重んじられて、


ミヲヤをお助けする馬に

つまりはアマテルカミへの献上の馬だけに、

「ヒツメ」という褒め言葉を

付けたのではないかと思うのですが・・・


譲位なされたとはいえ、アマテルカミは、

比べることが出来ないようなお方だったのです。

トヨケカミもご遺言で、

「このお方は、建国のカミ、

 クニトコタチさまが再来なさったような

 まことに尊く偉いお方であることを心しなさい」

と、みなに言い残されました。






蹄鉄で保護された現代の、

特に西洋馬にしか接することが出来にくい世の中では、

ヲシテを勉強している私たちでさえ、

このような、

当時の「ヒツメ」に対する深い想いは、

なかなかに理解が難しいのかも知れません。

                               (続く)

 

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コメント

いい記事をありがとうございます。


「ひ」は、上下の動きが繰り返されるということも掛けられている
ように思います。機織の「ひ」はそんな感じです。

投稿: ひらおか | 2010年2月 7日 (日) 14時39分

>ひらおかさま

コメント頂くまでは、毎回ドキドキもんでございます。
今度のどうだったかなあ・・・って。


さて「ヒ」の説明ですが、
図象のカセ態説明で「繰り返し」の意味は書いたので、
本文ではくどくなるかと思い、カットしたのですが、
やはり、判りにくかったのではと思いました。

それから織機の「ヒ」ですが、
確か上下ではなく、左右運動ではありませんでしたか?
横糸を通すのに使う、糸巻きみたいなもの・・・。

後で、もう一度調べてみますね。
どちらにしても、繰り返しの連続運動ではありますが。

投稿: びーちぇ | 2010年2月 7日 (日) 17時24分

人間の「爪」のことは、ヲシテ内に何箇所かでてきます。
ソサノヲさんが、「つめ」を抜かれる記述などです。

この「つめ」の場合の「つ」と「め」は、何を表している
のかなと、思い巡らせて見ました。

「め」は、皮膚の下からそこだけ固いものがでてくるので、
「目に見えないものが、形を変えて現われる」ということで
いいんだろうと思います。おそらく「つめ」を抜けば、
見えている部分の奥に、爪の根っこがつながっていることが
実感されたことと思います。農作業で爪をはがすことも
多かったでしょうし。

「つ」は、「伸びてくること」をさしているんでしょうか、
あるいは、「強い力を加えることができること」をさして
いるんでしょうか。「伸びてくること」だったら、「ぬ」
とか「ふ」「む」のほうが適当なのかな。
「固い感じ」だったら、「コ」ですか。
「強い力を加える動き」が「つ」。
いや、「つるつる」しているから「つ」ですか。
「つ」は「強い力を加える動き」、「る」が「その動きがばら
ばらになること」。それで「つるつる」か。
やっぱり、「強い力を加えることができること」
「強い力を加える動き」ですかね。


ところで、脱線ですが・・・

「強い力を加えることができる」もので、
「目に見えないものが、形を変えて現われる」ものは、

なーんだ?


答え、「つめ」


ヲシテの文字は、なぞなぞの原点かもしれませんね!

投稿: ひらおか | 2010年2月 8日 (月) 10時30分

>「つ」は「強い力を加える動き」、

そうだと思います。
で、「メ」がひっつくことによって、
爪という意味になる。

「メ」の方が、
その本質を変えることなく、形を変えて、伸び続けるという意味で、
その伸びる力は「ツ」から与えられている。

「メ」の態(母音)である「ミツ」は、
水をイメージしていますよね。
そして水は、その時の環境状態によって、
本質は変わらないままに、
気体、液体、固体に姿を変えつつ、流れ続けますから。

投稿: びーちぇ | 2010年2月 8日 (月) 19時33分

「コレ ソラ クモリ アラサリキ」

この一節、特に味わい深い箇所と思います。
アマテルカミの御心が集約されているように感じるからです。

雲ひとつない鮮やかな青空の下、艶やかな毛並み、勇壮な体躯のクロコマに颯爽と跨り、
マナヰまで御幸するアマテルカミの姿が思い浮かび、こみ上げるものがありました。

投稿: しわ | 2010年2月17日 (水) 10時08分

>しわさん

でしょ、でしょ?

私もこの語句に感激して・・・それで、記事が生まれたようなものなんです!

文献を丁寧に読み込むことの大事さが、
しみじみと胸にしみる昨今です☆

投稿: びーちぇ | 2010年2月17日 (水) 12時54分

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