2011年12月25日 (日)

ヲシテのクニへ ようこそ

Fuji_asa

 

 

「ヲシテのクニ」をお訪ね頂き、有り難うございます。

最新改定記事はサイドバーの一番上にあります。

 

初めていらっしゃった方は、

右の目次から下へ、

できましたら順次、お読み頂けますように、

お願い申し上げます。

 

やまとなる 

くにのことはの おくのりを

ヲシテにてらす うつくしきふみ

 

ことのはに 

わかつこころの みなもとの

ヲシテのひかり かたちなりそめ

 

まもりたまふ 

さきのみたまに ささげます

いまあたらしく はなひらくふみ

 

(研究所のお仲間がこんなに美しいワカを読んで言祝がれました。ヨロトシ)




Photo

 

 

「よみがえる日本語 −−ことばのみなもとヲシテ」
   http://www.amazon.co.jp/dp/4625634075/
   http://www.7andy.jp/books/detail/-/accd/32245608
   青木 純雄・平岡 憲人 (著), 池田 満 (監修)
   明治書院  3990円

 

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2010年4月12日 (月)

書き直しのこと

Ku104
おいで頂き有り難うございます。


去年から、最新の研究に基づいて、

記事を改訂させて頂いておりました。

ところが、その中で、

さらに書き直しが必要と思われるものも、出て参りました。


勉強すればするほど、

このようなことは起こるのだと思いますが・・・汗)


嬉しいことに、

ヲシテ文献が初めてという新しい読者の方も、

毎日いらっしゃっているようです。

その方々の為にも、

これは・・・と思われるものは、今後も再改訂していきたいと存じます。


とりあえず最重要と思われる

「日本建国」に関わる2つの記事を、

目次リストから外しました。


できるだけ速やかに「改訂2010」として書き直し、

再掲載致しますので、

どうぞよろしくお願い申し上げます。

 

                           びーちぇ Buke

 

Blog_ranking  ← ☆了解☆という方、クリックね?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年2月26日 (金)

思うこと、イロイロ  

Photo_4



ヲシテを、相(子音)と態(母音)に分けて、自分で書いてみる。

そして、じっと見て考え合わせますと、

新しい世界が広がっていくのが判ります。


ですから、ヲシテを知りたい、勉強したいと思うすべての方に、

この方法を、お勧めしたいと思っております。


さて、今回お馬さんシリーズで、

いつものように気になるコトハを、片っ端から調べたり、書いたり、比較したり、

何日も、何日も、やっておりました。

・・・ええ、結構大変だったんですよ。

それでも、とことんやってみると、目的以外のご褒美もいっしょに頂けるものです☆

それは、今の私のレベルではありますが、

当時の色について、かなり把握が進んだということ。


アオは、漢字の青ではなく、アカは、赤ではなかった!!!


これは、本当にビックリでした。

アオについては、前エントリ後半に分析致しました。

「若く勢いのある、元気な」

また、色としては「深緑」なのです。

漢字のに近い色は

「クレナイ」が西の色、

「ニ」は西に沈みゆく太陽の色、また紅葉の色と書かれています。


では「アカ」はどんな意味なのか・・・?

下の図象をご覧下さい。



Photo_6



このように明と暗を、

「アカ」と「(マ)クラ」で表したのですね!


「アカ」

源からのエネルギーが、上下に行き交って循環し、

「今、明るく輝いている」

でも2文字目の「カ」の○の意味から、

「今後どうなるかは判らない・・・」と、変化の可能性を示唆しています。


そういえば、世界は朝が来ると明るくなり、そして夜には暗くなる。

必ず日ごとに変化するものですから。ね?


そして、明るさというのは色では表しにくいのに対し、

暗さは、表しやすい。

だから「クラ」「クロ」として、黒い色にも使ったわけです。



「クラ」

よく使われるのは「マクラ」で、マはクラを強調、真っ暗。

「ク」は、ミヲヤからのエネルギーがまっすぐ降り、

また下からも上に行き交い、力強く動いているのです。

しかし「ラ」の態が、○のために、

その動きもエネルギーも分散していって現実化しない・・・つまり無くなってしまう。

それが「暗い」ということではないでしょうか。

「ロ」であれば、現実世界のものとなり力強く働くのですが。


クロはどこにあるかというと、地面の下、深いところを「クロトコロ」と言い、

その場所の色、働いている力、と解せます。

ですから「クロコマ」という訓練された黒い馬は、

そのような強く良く働くエネルギーを持っていると理解されて、

貴重なものと大事にされたのだと思います。



ここで、忘れてはいけないこと。


私たちのヲシテの1字1字の、

基本的な相(子音)態(母音)の哲学的意味は変わりません。

でも組み合わせにより、使い方により、いくつもの表現が出来るのです。


つまり、

「アカ」=「明るい」だけではない、いつか変化することが内包されている。

ですから使い方により、現在にポイントを置くか、

後の変化するであろうことにポイントを置くか・・・


「ミ ノ アカ」という、

いかにも漢字の「垢」と思える言葉も、

「ハハ ノ アカ チ」という「赤血」と簡単に思ってしまうフレーズもあります。

でも、似てるけど・・・やっぱり違うんですよねえ・・・  


前後の文を読み、きちんと「相・態」を使って分析すれば、

ある時、ええっ!と、

目から鱗が落ちることがあるかも知れません。

でも、「よみがえる日本語」を片手に、

構文までも考えないと解けないかなあ・・・ 汗)


                            原文はこちら



皆さまも、どうぞ解読に挑戦してみて下さいませ。



「マヌカルル」という動詞も原文にありますが・・・これヒントかも。

オマケのヒント?を、もう1つ。

「マカル」の意味も重要じゃないでしょうか。

 

Blog_ranking  ← よろしく☆ 

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2009年8月 7日 (金)

つれづれ 改訂版 「伊勢神宮のお参り順」

momiji

今週はトヨケカミについても、もう1度ノートを見直している。

ん?・・・ああ!・・・この言葉。
うっかりしていたのに気がつき、調べ直しが始まる。

池田満先生が、勉強の座右に置くと良いと言われた辞書。

「大言海」・・・大槻文彦
「日本地名辞典」・・・吉田東伍
「大漢和辞典」・・・諸橋徹二

幸い、父の残してくれた大言海はあるので良かったが、
他の2つは古本でもウン万のつく結構なお値段!・・・(^_^;)

それでも、信頼出来る辞書が無いとどうにもならない。
大言海は、広辞苑などの国語辞書の元になっているのだそう。
とりあえず、地名辞典だけは買ったけど、当分はお金ためなきゃね。


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

さて今日は、「外宮を先に内宮を後に」という
伊勢神宮のお参りの仕来りのことを書いておきたいと思います。


>伊勢神宮の外宮のトヨケカミは、お参り順から考えて、
>アマテルカミより地位が高いということだったのでしょうか?
>もうちょっと、詳しくそこのところを。


はい、地位で言えば、
内宮に祀られている8代アマカミであった、
アマテルさんの方が上
なのです。

でも、その心情といいましょうか、
慈愛深き外祖父であり、師父であり、アマテルカミに多大な人格的な影響を与え、
また実際にも重臣として、政ごとをいつもサポートなさったのが、
トヨケカミ(豊受の大神)だったのですね。

国民の信頼も厚く、この方が乗り出されれば、なにごとも丸く収まるほど、
全ての人に敬愛されておいででした。

トヨケさんがお亡くなりに なった時、領地の民が嘆き悲しみ、
そのあまりの悲しみに、アマテルさんが心を打たれたご様子が書いてあります。

最後の教えとして、アメナルミチの奥義を授かったアマテルさんが、
お弔いも終わって中央にお帰りになると聞いた民は、
その御輦車(アマキミの乗られる御輿)に取りすがり嘆きました。

途方に暮れるあまりに御輦を離さず、身も世もなく嘆く民の心情を、
深く理解したアマテルさんは、皆が落ち着くまで5年以上もこの地にとどまり、
自らマツリゴトをおとりになったそうです。



時は過ぎて、
アマテルさん自身のご死去の際の、ご遺言も、
皆が思うアマカミにふさわしいお墓ではなく、
ただ、「トヨケカミと死後も一緒にありたい・・・」という仰せでした。

本当に・・・

現代の私たちにさえ、
アマテルキミの、そのご心情が伝わってくるではありませんか。


Amateru_yowoinamu_2


ワガイノチ アメガシラスト
ヤモカミオ メシテワレヨオ
イナマント サルタニアナオ
ホラシムル マナヰニチキル
アサヒミヤ オナシトコロト
ノタマエハ モロオトロキテ      (ホツマツタヱ 28ー34、35)


アマテルキミは寿命のつきることをお悟りになり、
皆を呼び集めて
「ワレ ヨオ イナマン」と仰せになって、
敬愛するトヨケカミのお墓であるマナヰのお山に、
サルタヒコさんに穴を掘らせ、
自ら入ってカミ上がりなさったのです。


マナヰのお山そのものが、お二人のご陵墓となりました。
そのお山の入り口には、
すでにトヨケカミを奉ったアサヒミヤが建っておりました。



この地から、
伊勢のアマテルカミの晩年のお住まい(ミヤ)のあった宇治へお遷り頂いたのは、
ずっと後世になってからのこと。
その時お祀りしていたミツエシロ(斎主)のヒメにお告げ(たぶん、夢)があり、
やはり「トヨケカミと共に」と言われたようです。

そのため伊勢神宮には、トヨケカミにもお遷り頂きました。
そして、アマテルカミが
このように慕われ尊敬されていた、トヨケカミの外宮に先に詣でてから、
アマテルカミの内宮にお参りするようにと今も伝えられているのです。

お二人の心の繋がり、また民との深い心の交流が
熱く伝わるエピソードではありませんか。

この辺のお話も、後でじっくりと書くつもりでおります。


あ、最後に

アマテルカミも

トヨケカミも

男性であられたことだけは、

しっかり覚えていてくださいね?

                                

(旧版 05/11/07)

,

| | コメント (1) | トラックバック (1)