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2006年3月10日 (金)

光を変えて・・・

satuma_huji


古事記について、国学について、私なりの思ったことを書きました。
何より有り難いことには、別の方向から別の光を当てて下さる方がいらっしゃり、
本当に嬉しくなりました。
今日はそのご報告と、私なりに感じたことを書いてみます。


(なかひで)
本居宣長は、師匠の賀茂真淵からの、破門通告も敢然として受けたのでした。
破門されることの、その意味を、
師匠の賀茂真淵が言わんとされていることを、
本居宣長は、重々承知していたのです。

古事記は、国学の本筋からしますれば極めて異質なものなのです。
このことを鴨真淵は心配したのでした。


という、なかひでさまからのコメントがありましたが、
それに対して慶次2000さまから、
次のようなご意見がありました。
慶次さまは本当に良く勉強されていらっしゃる方で、
かねがね、その論の深さには立場は違っていますけれど、感嘆しておりました。



(慶次2000)
まず事実確認ですが、真淵に宣長が激怒破門されかけるのは
古事記は関係ありません。

真淵は万葉集と古事記を日本の拠り所にしました。
宣長は新古今集に傾倒していく、ここで対立が起きました。

古事記研究は真淵の意思を継いだようなもので、
真淵自身古事記研究に入る前に死ぬことを悔いております。


(びーちぇ)
・・・そうだったんですか、本当に有り難うございます!
実は、なかひでさまも、
自分は学が深くないので・・・とおっしゃりながら、
でも、ヲシテ文献には長年接していらしたので、
その立場から現在の見解をお聞きしたという訳なのです。

ですから慶次さまのように深く勉強していらっしゃる方に、
いろいろ教えて頂けると、
なかひでさまも喜ばれると思います。

もちろん私なんか、古典、古史に興味を持ったのはここ1年です。

ただ、ヲシテ文献の内容がとても素晴らしく、
今まで神話と思っていたこと、その神話の違和感が解消されたこと、
そして、それはどういうことなんだろうと、
・・・この世界にハマッテいっているのです☆



(なかひで)
あー!?
そうだったのですか!
賀茂真淵が、本居宣長を破門した理由は!
歌学での対立だったのですか。
以前に、何か思い間違いをしていたのでしょうか?
すみません。

賀茂真淵の、絶縁状の書簡を見たときに。
もうちょっと、じっくりと読んでおけばよかったと悔やんでいます。
賀茂真淵の字は、読みにくいところにもってきて、
ガラス越しで、おまけに寒かったので、走ってしまいました。
今度機会を作って、じっくり読んでみます。



もうお一方、真淵の絶縁状を見られた方(Iさん)がいらっしゃいます。

「その書状に限り、自分はなかひでさまと同じように思った」
とメールを下さいました。
しかし、これらをもって、どっちが真実なのかは正直なところ分かりません。


人はその時々で、いろいろな思いを抱き、それを記したりしますが、
次の瞬間には思い違いであったと訂正したりしますから・・・
誠実な方ほど、それをごまかさないのだと思います。
真淵さんもそうであったのではと思ったりして・・・

そして、我々後世のものは、
出来るだけ多くの残っている文書、文献、手紙などを調べ、
それを総合して考え、それぞれの仮説になるわけですよね?
そして、同意する方々が多いものが、その時の定説となるのです。

自分で調べていないくせに、申し上げるのもなんですが、
慶次さまのご意見は、今の定説なのかなあ・・・?
と思いました。


しかし、真淵の絶縁状。
私にはとうてい読みこなす力はないと思うのですが、
いつか見て見たいと思っております。



(慶次2000)
万葉から入った真淵が「ますらおぶり」を感じ、
日本書紀ではなく古事記に惹かれるのは当然の帰結、
ここから神代に入る道を模索しました

そして共通の話題である源氏物語も捨て置けない項目です。
歴史としての事実はどうでも良く、
ですから日本書紀ではなく古事記に注目したのです。


これについては、良く理解できます。
で、私が面白いと思ったのは、
「歴史としての事実はどうでも良く」というところ。

なかひでさま、私、メールを下さったIさまは3人とも、
「歴史の事実を知りたい。そこから、日本人のアイデンティティーを求めたい」
という立場なのですね。
そして、取り組んでいるのは慶次さまの言われている「神代の記録そのもの」です。
カミノヨ・・・祖先の世をいいます。
神代というのは、漢字での誤訳・・・いや、恣意的にそう記したのかも知れません。
なんせ、神話化したのですから。


慶次さまは(そして本居宣長、晩年の賀茂真淵も)
万葉という歌から入り、古事記という歴史物語の中に流れているもの、
いわゆる「ますらおぶり」から、
日本の心、アイデンティティーを探ろうとしていらっしゃると、思えました。

で、これについては、どちらも間違っている訳ではなく、
例えば
富士山の登山口が違う・・・というようなものではないでしょうか。



古事記においては、

43代元明天皇さまのお心安かれと、ただ、その お方のために急ぎ書きとばしたため、
ライターである太安万侶の心情と言うものが、
期せずして良く伝わるものとなったこと。
史実を厳密には追及してはいないが、その代わりに和歌を多く中に入れ、
ご先祖のみ心というものを、しっかりお伝えするものになったということ。

そんなところが、歌論から入った本居宣長(賀茂真淵)の注意を
引き寄せたのではないかと思います。
それまでの国学の観点から言えば、異なるものであったかも知れません・・・
そして、これが本流となって、今に伝わっている訳です。

が、注意すべきは
だからこそ、古事記では歴史的事実の検証はできない。
ゆえに、皇統継承の論に持ち出すのはおかしいのです。
古事記は国史では無いのですから。



(慶次2000)
塙保己一は国学者ではありますが、思想家ではありません。

彼の功績は、「群書類従」や「史料」→「大日本史料」の編纂であり、
古代中世を知るには欠かせない史料であります。
また有名な「大日本史」の校正に関わりました。

つまり私たちが国家の歴史、伝統習俗を知るには
群書類従は読んだほうがいいと思います。
かなり量が多いですけど・・・


と、慶次さまが書いて下さいましたように、
歴史のものごと一つ一つを知る為、また、各時代の習俗、伝統を知ると言うことで、
ヲシテ研究者は皆、塙保己一さんの残された文献類に頼りまくっております。

ことに、古代ヤマトコトバを解読していく訳ですから、一にも二にも、古文書にあたりつつ、
原文を読んでは、考えを深めていかなければならないのです。
池田満先生が、塙さんへの尊敬が特に篤いのも、そのことがあるからなんですね?



(慶次2000)
国学とは何かと聞かれたら、天皇の歴史といえるかは微妙です。
なぜなら、儒教や仏教のバイアスを取り除き、
日本有史古来の根付いた思想を学することだからです。

根本はここであり、
故に契沖→真淵→宣長のラインは天皇制はほとんど論じていません。
和歌を素直に読み儒教・仏教的思想の押し殺す文化を排除して
古(いにしえ)のこころから感じる根本に帰る。

もちろん、この後、(平田)篤胤が復古神道を唱え、
尊王思想、討幕運動と流れたのは間違いありません。


このご意見も、却って私の確信を高めて下さいました。
池田先生が、漢字の直訳を排し、
すなおにヲシテの字にあたり、漢字のもたらす大陸の思想を捨てて、
内容を感じ取る。
出来うる限り、その時代のその人々の思いの中に身を置く。
ということを、第一とされています。

わあい!!!
慶次さまと、おんなじだあ・・・(^o^)/

それに、ヲシテ文献には、はっきりと
縄文哲学、宇宙学、神学、医学、モノの考え方の基本
すべて言葉で明解に記されているのです!


ですから、なかひでさまが

日本とは、
結局のところは天皇さまの政治の歴史、ということなのですね。
何しろ、歴史が長いのですから。
そこで、最も重要なのが、
それじゃ天皇さまはどう云ったことを、なさって来られたのか?


と書かれたことも、私たちヲシテ文献の立場からは正しいと言えるのです。
なんせ、天皇さまのことは、みな民、国民とからめて記してあるのですから。
そして上記のように、文化、哲学その他も、具体的な例と共に記されていますから。

日本書紀や古事記には、
ものの見事に、この膨大な具体的記録だけはスッポリと抜け落ち、
カット
されています。

yamazakura3


だから、宣長さんに言ってみたいのです☆

「貴方がお好きだった桜の花
 縄文の昔から、特別な花だったのですよ。
 記紀には書いてないですけど。

 ニニキネさんのキサキ、アシツヒメ、
 後のお名、
コノハナサクヤヒメが願を掛けたのも桜の木。
 この美しいお名になったのも、この桜が願いに答えて咲いたからです。
 桜を朝廷に勧め、献上したのが
 ヒメの曾お祖父さまの
サクラウシ(チ)さんでしたよね・・・」 ‥‥

「それとね・・・アワレアハレは縄文時代、弥生時代には
 違う言葉なんです。
 漢字が入ってきてから、ヤマトコトバも変わっていったんですね?

 アハレは、褒め称える時。・・・あっぱれ、あっぱれ、みたいに。
 
アワレは情の言葉で、心を思いやる時に。共感する時に。

 宣長さん、ヲシテ文献読めば良かったのに・・・ね?」

ソサノヲさんも、どんな方だったのか分かるし、
 その、千年後の、皇太子
ヤマトタケさんは素晴らしく聡明で勇敢で、
 どんなに父天皇さまに愛されていらしたか・・・

 お疲れが出たのでしょう、旅先で病のため早世なされた時、
 どんなに父君も、臣たちも、民も嘆き悲しんだか・・・
 そして、ご遺言がありました・・・

 それにより、国史としてホツマツタヱが書かれました。 
 同時に御父、景行天皇さまもカグミハタを記され、
 オオカシマと呼ばれたオオミワ家の臣は、
 ミカサフミを書きました・・・」

「あなたのお好きな歌もいっぱい、いっぱい書いてありますよ。

  ワカヒメ・ヒルコさんの求婚のおウタや。
 天岩戸の前で歌った、
ナガサキ(汝が幸き)のウタや・・・
 
ニニキネさんの時に出来た、土地の浄めの祝詞や、
 その皇子の
ホホデミさんのキサキへの恋ウタ、
 そして(
キサキ・トヨタマヒメの)返しのウタも・・・」

 

「それに・・・このフミは全文がみな、
 朗々と謡えるような、
五七で書かれているんです。
 1万行以上も。

 なんとこれが、その頃の文の正式なかたち。

 きっと、貴方はお喜びになるでしょう。
 この国は、ウタのクニと言っても良いのですよね」

ああら。

本居宣長さんへのラブコールになっちゃった☆



 この、桜とコノハナサクヤヒメの詳しいお話が、
  「Speek Easy社会」真名さまのエントリにあります。

06:50 午後 |

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コメント

例えばこのページはわりあい客観的ではないかと?

http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2001/011214.html

松坂の本居宣長旧宅を訪れたことがあります。
晩秋で、近くの神社山から黄色くなった葉っぱが降り積もってきている日でした。

賀茂真淵との出会いを表した絵が飾ってありましたね。
本居にとってこの出会いがどんなに重大なものだったかを説明した文章も、そこで読んだ覚えがあります。

賀茂真淵の死後、その祭祀を絶やさなかったとの説明もありました。

師匠との行き違いは、一人田舎で独学していたということが大きいのかもしれないと思いました。

投稿: 真名 | 2006/03/15 14:24:39

>真名さま。

コメント有り難うございます。
また、有益な論文教えて頂き、勉強になります。

・・・ました。と書ければ良いのですが、そのぎっしりとした文章の量に圧倒され、一息に読破が出来ません・・・(^^;) 
年のせいかなあ・・・老眼だしねえ。
それでも根気はある方なので、老眼鏡をたよりに、丁寧に時間をかけつつ読んでいます。

おっしゃるように、かなり客観的で、内容は分かりやすいんですが・・・その前に文章のレイアウトと言うか・・・字の大きさとかで、目がくたびれてくるんですよ。

真名さんは、きっとお若い方なんだなあと、羨ましい限りです。

それにさあ・・・感も鈍いのよね、私。
意味を考えながら、ゆっくり、ゆっくり。


真名さんの言われるように、独学ということは利点もありますが、どんなに天才であっても、マイナスの面も出てくるかも知れませんね?
そういう事情も結構大きいものがあるかも知れません。

と、いうわけで、
とりあえず御礼申し上げ、内容についてはそのうちに。
有り難うございました。

投稿: びーちぇ | 2006/03/17 10:44:25

いったん全文選択、コピーして、ワードか何かに落とせばいいんですよ。

それで活字を14ポイントくらいに変換する。
そうしたら読みやすくなると思います。
無理に読まなくともよいかもしれません。
出典は文学者の小林秀雄ですから、文学に重点を置いた見方になるので。

投稿: 真名 | 2006/03/17 11:19:53

>真名さま。

やっぱ、貴女は感の良い方ですねえぇぇぇ (^0^) ☆

今しも、コピーしてポイント変換したところですっ!
ツメノアカ クダセーマシ。

投稿: びーちぇ | 2006/03/17 13:20:01

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