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2006年3月 4日 (土)

国学のお話

tanigawa


恥ずかしながら、今まで「国学」という言葉は聞いていましたが、
どういうものかについては無関心で・・・

なにしろ、ややこしそう。
なにしろ、難しそう。
昔のことだし、現代では学者さん以外は関係ないよね・・・
みたいに思っていました。


ところが、なかひでさまの解説は分かりやすいっ!
なんだ・・・私達が求めているものじゃない?
ということで、一挙に身近に感じるようになりました。



(なかひで)
そもそも日本とは何か?
これを考えるのが、国学です。

日本とは、結局のところは天皇さまの政治の歴史、ということなのですね。
何しろ、歴史が長いのですから。

そこで、最も重要なのが、
それじゃ天皇さまはどう云ったことを、なさって来られたのか?

この視点からすれば、最も重要視するべき書物が分かります。
ある人の説では「禁秘抄」といいます。
禁秘抄は、順徳天皇のご執筆です。



国学の創始者の一人、塙保己一さんと
賀茂真淵さんの名前も、なかひでさまから聞きました。

そのうちの塙保己一さんについては、昔お話を読んだことがありました。
そのエピソード。

塙さんは幼児期に失明なさり、それでも学問が好きで、好きで、
一心に学ばれたそうな。
なにしろ、人に読んでもらったこと、聞いた話は、
一度ですべて覚えてしまったといいます。

後年偉くなってから、門人達に講義をしていました。
時は夜。
いきなり風が吹き込んだのか、灯火が消えました。
しかし、講義は朗々と続きます。
たまりかねた、弟子達が
「先生、しばらくお待ち下さい。真っ暗で筆写が出来ません」
塙先生はカラカラと笑われ、
「何とも目明きとは、不自由なものよ・・・」
といわれたそうです。


この方の偉さは、現代では知らない人の方が多いでしょうが、
もう・・・超人というほかないです。

中でも「群書類従」の刊行は、塙保己一がその生涯をかけて取り組んだ一大事業でした。

当時、貴重な記録・文学作品等の古典籍が広く活用されることなく、
各所に放置され散逸していく実態を嘆き、数多くの文献を集めて分類・整理し、
670冊の版木本として41年間にわたり刊行し続けたのです。
塙さんは1746年、つまり260年くらい前のお生まれです。

およそ日本のこと、歴史、文化、文学、哲学など、
本気で勉強するためには、
この「群書類従」に当たらなければ、
ほんとうの事は分からないそうです。



実は池田先生も、研究会でこの方を大変重んじておられ、
その業績を褒め称えておられる様子です。

また聞きですが、面白いエピソードが有ります。


ヲシテ文献に食べ物のことも詳しく記されているのですが、
アマテルさんの時代、日本で初の国内動乱が起こりました。
ハタレの乱といいます。

そのなかの「キクミチ」・・・狐憑きだったという一大勢力がいて、
人々を幻惑させ、誑かしたあげくに、力で都に攻め上ったそうな。
これが、なかなか手強い。

そうしたら、アマテルカミから勅が下り、
「マカリモチ」を油で揚げたもの、
そしてネズミ(オエッ!?)の揚げたものを、
軍勢の中に投げ込んだら、我先に食らい付いて術が破れ、
全員を捕らえることに成功したと書いてあります。

そこで、池田先生。
すぐに「群書類従」を調べられ、実験をなさいました。

米の粉(たぶん)を水で練り、お団子状にして、油で揚げたところ、
なんと・・・・爆発!!!

油は台所中に飛び散り、軽い火傷もなさったようです。

「もっと子細に調べるべきでした。
 水で練った団子は、まずは蒸さなければいけなかったらしい」と、
後に笑っていらっしゃったそうで・・・


でも、本当に読んでも面白いものだそうです。
各時代の衣装も、風俗も、神事も、医療も・・・法律、政治、教育、道徳、宗教、社会、
史学、文学、美術、音楽、言語、遊芸・・・などなど、
なんでもあるみたいです☆

幸い、我が町の図書館にも揃えてあるようです。
調べたいことが溜まったら、行って読んでみようと思っています。

索引が出版社から出ており、それで見当をつけなくてはならないようです。
膨大なな文書を集めたものですから。

例えば、その索引の最初を開けると、
1)神祇部は、皇大神宮儀式帳、止由気宮儀式帳、
などの伊勢神宮関係の文書を始めとして、数えるのも嫌になるくらい、
いっぱいありますね・・・
3)帝王部には、神皇正統記、続神皇正統記、皇代記、皇年代略記、践祚部類焼・・・
うわあ・・・大変。
なんせ、千冊近いのですから。「禁秘抄」も、もちろんありましたよ。



その「禁秘抄」です。

天皇さまのお仕事は、何が一番大事かということを記した書で、
鎌倉時代に順徳天皇が、後代の天皇さまに伝えるべきと、記されたものです。
それによると、
最も大事な、天皇さましか出来ないお仕事が「神祀り」なのです。


 凡(およ)そ禁中(きんちゅう)の作法、神事を先にし、他事を後にす。
 旦暮(たんぼ)敬神の叡慮懈怠(えいりょけたい)無く、
 白地(あからさま)にも神宮並(ならび)に
 内侍所(ないしどころ)の方を以て御跡(おんあと)と為(せ)ず。

宮中のしきたりは、総じて神事を先にし、それにしたがって他の事を行い、
朝夕神を敬う心がけを弛(ゆる)めることなく、
皇祖神をお祀りしている賢所(かしこどころ)と神宮には
決して足を向けてはならないということです。
                        順徳天皇「禁秘抄」より


もちろん、聖徳太子の昔も同じようなことが記され、
645年、大化の改新のときには、孝徳(こうとく)天皇に対して、
蘇我石川麻呂(そがのいしかわまろ)の献言には、こうありました。

先(ま)づ以(もっ)て神祇(あまつかみくにつかみ)を祭(いは)ひ鎮(しづ)めて、
然(しかう)して後に政事を議(はか)るべし

まず神々を祭り鎮めて、そののちに政治を行うべきであるということです。



さて。

近代において明治天皇さまもまた
「五箇条の御誓文」に表れているように、
このような神事第一の精神に支えられた皇室文化の伝統を、継承されました。
御製(ぎょせい)に、次の二首があります。


  神風(かみかぜ)の伊勢の宮居(みやい)の事をまづ
  今年のものの始(はじめ)にぞきく

  かみかぜの伊勢の宮居を拝(おが)みての
  後こそきかめ朝(あさ)まつりごと

一年の初めには、まず伊勢神宮のことをお聞き届けになり、
一日の初めにもまず伊勢神宮の神々を拝せられる。

そして、その神意をいただき、のちに政務に取りかかる、
というご意志がここにうかがえます。


先帝陛下は、このような明治天皇さまのお姿を常にお手本とされ、
祭祀を厳粛(げんしゅく)にお修めになりました。

平成の今上(きんじょう)天皇さまも、
まったく同様にそのお志(こころざし)をお継(つ)ぎになっておられます。



これは、遥か古代でも同じ。

ヲシテ文献によれば、建国以来・・・つまり少なくとも6000年前・・・
私見では約8000年前・・・から、
祭祀はアマカミのなさる、最重要なこととなっていました。

最初の法「トノヲシテ」・・・トの詔勅といいましょうか・・・にも、
その「ト」の字形そのものに、この意図が象形的に表されています。

to_wosite 
 アマカミは「ト」という字の形そのものに、
 ハニ(国土)をあらわす□の中に真直ぐに立ち、
 両手を高くアメに向かって広げ、
 宇宙原理の・・・つまり大自然の恵みを受け、
 それを惜しみなく皆に、分け与え続ける人なのでした。

 その恵みを受けるやり方、儀式が、祭祀だったのですね。

ですから、天皇陛下は太古から、今に至るまで、
国の一番尊い祭祀主であられるのです。

これこそが、最重要なこととして、
私たちも認識しなければ、いけないのではないでしょうか。



     ※ 手に入れた「群書類従索引(出版図書目録)」は
         「続群書類従完成会」TEL 03-3915-5621
                   FAX  03-3915-5830

10:35 午後 |

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コメント

トは兎に 似ていますね
弟はテ 夷はエがなまってイですかね?

いやただ なんとなく
突然で すみません。

投稿: | 2006/03/07 2:21:21

上の夷はリでしたね 間違えた!

ついでに、ヲシテのシが後に 氏 に変化したのかなー?なんて…

ソクラテスが先か哲の文字が先か…なんてことを調べていたら、こちらにたどり着いた ヲシテ初心者です。 ではまた。

投稿: | 2006/03/07 3:45:53

ゐさま。いらっしゃいませ。

偶然とはいえ、読んで頂けたことは嬉しいです☆
文字を調べていらしたのですね?

それなら・・・手前味噌になりますが、ヲシテ文献は面白いですよっ!

ヤマトコトバといわれている言葉の、その前の時代、漢字が入ってくる前の純粋な「古代ヤマトコトバ」です。
我が国の、大元となった言葉なのです。
従って、漢字文献、どのような辞書にも載っておらず、しかし注意深く調べていくと、語源も変化していく姿も理解できるので、面白くて!

どの漢字を当てはめたかによっても、当時の翻訳者の意図も伝わって参ります。
この言葉、文字は、
少なくとも6千年以上には成立し、世界最古の文字ではないかと思っております。

「ヲシテのクニ」の方では、考古学あるいは、地理学からも検証を試みておりますので、お暇な時にでも読んでみて下さいませ。

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投稿: びーちぇ | 2006/03/07 9:24:22

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