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2006年4月28日 (金)

夏はきぬ

Unohana_baika

                       ウノハナ・ウツギ(これはバイカウツギ)


池田先生のサイトにもありましたが、

縄文の人々は、

卯の花が咲きだすと、夏がきたと感じていたようです。


また、夏は暑からず寒からずの良い季節でありました。

サミタレ(梅雨)も大変好ましいもので、これが夏の最盛期。
いよいよ水田にたっぷり水が入り、苗が育つのです。

明ければ、田植えの季節です。
秋の豊作を願いながらの、希望に満ちた時であったのだと思います。

先ごろ手に入れた、松本善之助先生のご本に、
4月の季節で、最も大事な田植えについて書かれていました。



  徳川中期に出版された『折句大全』に

  「さひらきの日は 年寄も後ろ帯」

  というのがあって、田植え風景が目に浮びそうだ。


この「さひらき」については、松本先生は田んぼ開きと解説して居られます。
つまりさ(なへ)ひらき。早苗を植える初という意味でしょう。

後ろ帯については、背後で結んだ帯姿のこと。今も和服は帯結びは後ろですよね?
江戸前期には元服以前の女性、元禄の頃は嫁入り前の娘だけが、後ろで帯を結んでいました。
その後、文化年間にはいってからは老婆や遊女を除いて、
広く用いられるようになった、帯姿なのです。
つまり田植えには、年寄もじゃまになるので後ろで帯を結び、手伝ったのでしょう。

また「日本古語では「な」を含んでいるナ行
同じく「へ」を含んでいるハ行音は落とされる例が多いので、
この考えは成り立つと思う」と記されています。

具体的な事例としても、以下の行事があったそうな。


  また、京都府の農村では、田植えの初めの日に「サビラキ」という行事を行う。

  これは、田の水口にお札を立て、山吹や小米花のような時節の花を挿し、

  蕗の葉に小魚を供えて祭るという。『日本祭礼風土記』


  さひらきというのは、ホツマやミカサをみなれた目には、

   さの根底には「清らか」という意味があるほか、

  「南」という語意もあるのは確かである・・・

  また、ここでは方位が東から南に移る時期だから、

  「南を開く」という意味も含まれているのかもしれない。

  ツキナカバ サビラキマツル ヰナルカミ  
ミカサフミ 140)
  
  とは、「旧暦の4月半ば、春から初夏に移り、気候が良くなってきた頃、

  田に苗を植え、食物の神のおイナリさんを祭る」となる。

  ちなみに、京都伏見の稲荷大社の祭日は・・・稲荷祭というのは

  四月二の午の日だから、古儀に合っている。



もちろん「おイナリさん」とは、
あのウケモチの子孫の、カダノミコトのことですよね?

 


私は、明治時代の唱歌「夏は来ぬ」を、思い出しました。

祖母や母の時代までは、小学校でお習いした、
私にとっては、子守唄代わりの懐かしい歌の1つです。



作詞は、佐々木信綱。

作曲は、小山作之助。
この、佐々木信綱は、ヲシテ文献にも縁の深いお方なのですが・・・
次のエントリーで書いてみようと思っています。

歌の季節は五月となっているのが、ちと残念です。
日本固有の暦では4月なのですが。
明治6年に改定された新暦なのでしょうね?

日本の季節感をたたえた、名歌ではないでしょうか。



【夏は 来ぬ】


1)  卯の花の匂う 垣根に

  時鳥(ホトトギス)早も来鳴きて

  忍び音もらす 夏は来ぬ


(2) さみだれの 注(ソソ)ぐ山田に

  早乙女が 裳裾濡らして

  玉苗植うる 夏は来ぬ


(3) 橘の薫る 軒端(ノキバ)に

  窓近く 蛍飛び交い

  おこたり諌(イサ)むる 夏は来ぬ   


(4) 楝(オウチ)散る 川辺の宿の     ・・・・楝はセンダン。

  門(カド)遠く 水鶏(クイナ)声して

  夕月すずしき 夏は来ぬ


(5) 五月闇(サツキヤミ) 蛍飛び交い

  水鶏鳴き 卯の花咲きて

  早苗植えわたす 夏は来ぬ



※ 参考文献

  『ホツマ 古代日本人の知恵』 ー自然に則して生きるー

                      松本善之助 著 溪声社

12:50 午後 | | コメント (0) | トラックバック (1)