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2006年5月10日 (水)

松本先生の奉呈のフミ

 

最近手に入れた、和仁估安聰釋述『ホツマツタヱ』秀眞政傳記の冒頭に、

故・松本善之助先生のお心のこもった奉呈文を発見しました。

古式にのっとり、五七で書かれたものです。

 


この最古の写本が発見されたのが平成4年。
その後、虫喰いなどで傷みがひどかった部分は、
池田先生が、細心の注意を払って、ご苦労されながら自ら補修されたそうです。

また今後のためにとすべてネガに写され、
そのまま印影版として出版されたのです。

 

その折も折り、皇太子殿下のご婚約が発表されました。
深く喜ばれた松本善之助先生は、
この貴重な、記念すべき復刻本を
皇太子殿下にお捧げしようと思われ、この奉呈のフミが記されました。

 

実は、これには秘められた話があるのです。

野々村立蔵という方も、
和仁估安聰の遺族から人手に渡り、後に日吉神社に奉納されたこの本を、
別に筆写なさったのですが(残念ながら未発見)
その原本を神社に納めるにあたって、詳しい伝来由来書を記し奉じておられます。

野々村立蔵は当時、由緒正しい水尾神社の神官であり、
村内で発見されたこの本を鑑定なさったということです。

ご自分がすでに所蔵なさっていた「ホツマツタヱ」逸本
及び「ミカサフミ」「フトマニ」の字と同じであったことに、
「即ち伏して恐懼敬畏して拝覽し、眞に心に銘ず。則ち『秀眞政傳記』なり。
 其書中に『神載山書記』の書目を見る。今にして僥倖なり。
 即ち此記を得るは実に比類なき紀なりと信ず。」 

そして、その中に
「政傳記は皇族伏見宮御文庫に収めるところと、その御家臣より承る」とありました。

なんだかすごいお話です。

おまけに、この野々村立蔵以後100年も経って、
この文書が日吉神社に奉納されていることも、すでに忘れられていたのに、
なんと又もや、和仁估安聰の子孫の井保孝夫さんによって、再発見されるとは!

今度はそれを鑑定されたのは池田満先生でありました。

現在は伏見宮御文庫はすべて、宮内庁書陵部に移されているのだそうです。
まだ、その発表されたリストの中には無いそうですが、
膨大な未整理の書物があるらしく、将来にはそれがはっきりするかも知れません。

 


さて、
今回の復刻本を、松本先生が宮内庁に実際に上献されたのかどうかは、
池田先生もご存知無いそうですし、残念にもそのチャンスが無かったのかも知れません。

それでも、最古の写本の発見と皇太子さまのご婚約が重なったという不思議さに
松本先生が、どんなに喜ばれたことか。

この、亡き松本先生のまごころのこもった、
キミに捧げるフミは、
まっすぐ、私の心に届き、深い想いをかきたてるものでした。

先生の想い出と共に
皆さまにも読んで頂きたく、
研究所にお願いをして、掲載させて頂けることとなりました。

 

  Matumoto_bun

11:55 午後 |

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